悲しきロケット

「私」はどこからきたのか?1969年7月20日。人類がはじめて月面を歩いてから50年。宇宙の謎はどこまで解き明かされたのでしょうか。本書は、NASAの中核研究機関・JPLジェット推進研究所で火星探査ロボット開発をリードしている著者による、宇宙探査の最前線。「悪魔」に魂を売った天才技術者。アポロ計画を陰から支えた無名の女性プログラマー。太陽系探査の驚くべき発見。そして、永遠の問い「我々はどこからきたのか」への答え──。宇宙開発最前線で活躍する著者だからこそ書けたイメジネーションあふれる渾身の書き下ろし!
人気コミック『宇宙兄弟』の公式HPで連載をもち、監修協力を務め、NASAジェット推進研究所で技術開発に従事する研究者 小野雅裕がひも解く、宇宙への旅。 小野雅裕の書籍『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』を特別公開します。


そうして生まれたフォン・ブラウンの夢の落とし子は、一九四四年九月八日、オランダのハーグ近郊から、猛烈な火を吹いて空に向け飛び立った。その悲しきロケットは最初は垂直に飛び立ったが、やがて西へ機首を傾けた。その間にもぐんぐん高度を上げ、雲を抜け、数分のうちに星が輝く宇宙空間に達した。眼下には丸みを帯びた青く美しい地球の水平線が見えた。ロケットはほんの数分間だけ、フォン・ブラウンが幼い頃から夢見続けた宇宙を漂った。

しかしやがて地球の重力に引かれ、加速しながら高度を落としだした。ぐんぐん近づく地面。雲の下に出ると夕方のロンドンの街の灯りが見えた。その真ん中をめがけて、ロケットは猛烈な速さで突っ込んでいった。そして午後六時四十三分、ロケットは道路に激突し、積まれていた1トンの爆弾が炸裂した。近くにいた不運な三人が命を落とした。その中には三歳の女の子も含まれていた。

フォン・ブラウンはどう思ったのだろうか? 良心の呵責を感じたのだろうか? それは彼の心に何か囁いたのだろうか……?

歴史は心を記録しない。だが、V2の「成功」のニュースを聞いたフォン・ブラウンは、仲間にこう漏らしたと伝えられている。

「ロケットは完璧に作動した……間違った惑星に着陸してしまったことを除いては。」

現実世界で悲劇が繰り広げられる間も、彼のイマジネーションの中ではロケットは宇宙を飛んでいた。フォン・ブラウンにとってイマジネーションとは「聖域」だった。どんな悲劇も人々の悲しみも阿鼻叫喚も、そこに一切立ち入ることはできなかった。だから彼の夢は純粋であり続けたのだった。

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宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─

小野雅裕

銀河系には約1000億個もの惑星が存在すると言われています。そのうち人類が歩いた惑星は地球のただひとつ。無人探査機が近くを通り過ぎただけのものを含めても、8個しかありません。人類の宇宙への旅は、まだ始まったばかりなのです…。 NASA...もっと読む

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marekingu #スマートニュース 10日前 replyretweetfavorite