そうして生まれたフォン・ブラウンの夢の落とし子は、一九四四年九月八日、オランダのハーグ近郊から、猛烈な火を吹いて空に向け飛び立った。その悲しきロケットは最初は垂直に飛び立ったが、やがて西へ機首を傾けた。その間にもぐんぐん高度を上げ、雲を抜け、数分のうちに星が輝く宇宙空間に達した。眼下には丸みを帯びた青く美しい地球の水平線が見えた。ロケットはほんの数分間だけ、フォン・ブラウンが幼い頃から夢見続けた宇宙を漂った。
しかしやがて地球の重力に引かれ、加速しながら高度を落としだした。ぐんぐん近づく地面。雲の下に出ると夕方のロンドンの街の灯りが見えた。その真ん中をめがけて、ロケットは猛烈な速さで突っ込んでいった。そして午後六時四十三分、ロケットは道路に激突し、積まれていた1トンの爆弾が炸裂した。近くにいた不運な三人が命を落とした。その中には三歳の女の子も含まれていた。
フォン・ブラウンはどう思ったのだろうか? 良心の呵責を感じたのだろうか? それは彼の心に何か囁いたのだろうか……?
歴史は心を記録しない。だが、V2の「成功」のニュースを聞いたフォン・ブラウンは、仲間にこう漏らしたと伝えられている。
「ロケットは完璧に作動した……間違った惑星に着陸してしまったことを除いては。」
現実世界で悲劇が繰り広げられる間も、彼のイマジネーションの中ではロケットは宇宙を飛んでいた。フォン・ブラウンにとってイマジネーションとは「聖域」だった。どんな悲劇も人々の悲しみも阿鼻叫喚も、そこに一切立ち入ることはできなかった。だから彼の夢は純粋であり続けたのだった。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。