第二次世界大戦の開始から四年近くが経った一九四三年七月七日、フォン・ブラウンは突然、「ヴォルフスシャンツェ(狼の巣)」に来るように命令された。総統大本営のことである。ヒトラーがA4について知りたがっているとのことだった。彼と上官のドルンベルガーは飛行機と車を乗り継ぎ、その日のうちに東プロシアの深い森と地雷原に守られた「狼の巣」に着いた。そのもっとも内側に位置する建物の映写室で、彼らは緊張した表情でヒトラーの到着を待った。
待つこと数時間。数人の部下を連れたヒトラーが部屋に入ってきた。
「総統閣下!」
勇ましく兵士が叫んだ。ヒトラーの顔は疲れ切っていた。戦況はドイツにとって思わしくなかった。東部戦線はソ連に押し戻され、アフリカは米英軍の手に落ちていた。フランスは依然ドイツの手にあったが、ドーバー海峡を隔てたイギリスは健在だった。
ドルンベルガーの手短な挨拶の後、映写機が回り、スクリーンに白黒の無声映像が映った。映像の中で、A4ロケットは火を吹いてまっすぐに離陸し、軽々と音速を超え、あっという間に成層圏へと消えていった……。
フォン・ブラウンはスクリーンの横に立ち、映像に合わせて技術的な解説をした。彼の高い声は自信に満ち、情熱のこもった青い目はまっすぐに総統を見ていた。A4ロケットの能力をもってすればドーバー海峡を越えてロンドンを爆撃できる。そしてマッハ3で突進するA4はいかなる飛行機や砲弾をもってしても打ち落とすことは不可能である……。
映像が止まり、フォン・ブラウンが話し終えると、沈黙が部屋を支配した。誰も声を発しようとしなかった。ヒトラーは明らかに興奮していた。顔からは疲れが消えていた。目は不気味に輝いていた。
沈黙を押しのけるようにドルンベルガーが追加の説明を始めると、ヒトラーは急に立ち上がって聞いた。
「10トンの爆弾を積めないのか?」
ドルンベルガーは恐る恐るそれが無理だと説明した。すると彼は叫んだ。
「せん滅だ! 私が欲するのはせん滅的な力だ!」
もはやドイツの勝利は絶望的だったにもかかわらず、ロケットが戦況を一気に逆転する最終兵器になるとヒトラーは狂信的に信じたのだった。
この日、ヒトラーが惚れ込んだのはA4ロケットだけではなかった。弱冠三十一歳にして千人規模の開発チームを率い、総統の前で臆せず堂々とプレゼンをするフォン・ブラウンに惚れた。ヒトラーはその場でこの若きカリスマに「教授」の称号を与えた。ドイツの学術界では最高の栄誉だった。そして彼はその証書に自らサインをした。
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