ナチスの欲したロケット

「私」はどこからきたのか?1969年7月20日。人類がはじめて月面を歩いてから50年。宇宙の謎はどこまで解き明かされたのでしょうか。本書は、NASAの中核研究機関・JPLジェット推進研究所で火星探査ロボット開発をリードしている著者による、宇宙探査の最前線。「悪魔」に魂を売った天才技術者。アポロ計画を陰から支えた無名の女性プログラマー。太陽系探査の驚くべき発見。そして、永遠の問い「我々はどこからきたのか」への答え──。宇宙開発最前線で活躍する著者だからこそ書けたイメジネーションあふれる渾身の書き下ろし!
人気コミック『宇宙兄弟』の公式HPで連載をもち、監修協力を務め、NASAジェット推進研究所で技術開発に従事する研究者 小野雅裕がひも解く、宇宙への旅。 小野雅裕の書籍『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』を特別公開します。


軍はVfRのロケットに興味を持ち、こんなオファーを提示した。VfRが軍の演習場でロケットの実験をする。成功すれば1367マルクを支払う。慢性的金欠のVfRにとっては渡りに船だった。だが、実験はロケットがあらぬ方向に飛んで大失敗に終わった。大言壮語を繰り返すVfRのリーダーにも軍は幻滅した。

一方で、軍は思わぬ掘り出し物を見つけた。フォン・ブラウンだった。燃えるように熱い宇宙への夢を抱いたこの若者はまた、とても二十歳とは思えない知識とリーダーシップ、そしてカリスマを備えていた。軍はこの男に惚れた。そこでVfRのロケットを買うのをやめ、代わりにフォン・ブラウンを、彼の夢と一緒に買い取ることにしたのだった。

フォン・ブラウンは軍に雇われることに何の迷いもなかった。彼はこう回想している。

「オモチャのような液体燃料ロケットを、宇宙船を打ち上げられる本格的な機械にするために必要な莫大な金額について、私は何の幻影も抱いていなかった。陸軍の資金は宇宙旅行に向けた大きな進歩のための唯一の希望だった。」

フォン・ブラウンは究極のロマンティストであると同時に、徹底的なプラグマティストでもあった。夢を叶えるには金がいる。宇宙だけではない。ビジネスでも、スポーツでも、慈善事業でさえもそうだ。夢は持たなくては叶わないが、持つだけでも叶わない。現実という汚泥の中に恐れず手を突っ込みつつも、夢は一切汚さず純粋なままで持ち続けること。それが、夢を叶えるための条件なのかもしれない。

陸軍に雇われたフォン・ブラウンは、本格的な液体燃料ロケットの開発に取り掛かった。ロケットの父たちが宇宙へ行くための手段として考案したロケットである。


〈図1〉固体燃料ロケットと液体燃料

最初に中国で発明されたロケットも、一九世紀にヨーロッパで利用されていたものも、現代の悪ガキがぶっ放すロケット花火も、「固体燃料ロケット」と呼ばれる種類のものだ。図1にその動作原理を示す。 一箇所だけ穴のある容器の中で火薬を燃やすと、高温高圧のガスが発生して勢いよく穴から吹き出す。その反作用でロケットは前に進む。だが当時の黒色火薬では噴出ガスの速度が足りず、第一宇宙速度の秒速7.9 ㎞に達するのは非現実的だった。液体燃料ロケットもガスを噴射して進む根本原理は同じだ。違いはガスの発生方法にある。図1のように、液体ロケットには二つのタンクがあり、片方には液体の燃料(ガソリンや液体水素)、もう片方には酸化剤(たとえば液体酸素)が積まれている。ポンプで燃料と酸化剤を燃焼室に送り、混ぜて燃焼すると、爆発的に燃えてガスが発生し、ノズルから高速で噴射される。固体ロケットに比べて仕組みは複雑だが、ガスの噴射速度が高いため、十分に巨大なロケットを作れば秒速7.9㎞を突破することが可能になる。

フォン・ブラウンが陸軍で最初に開発したロケットは、A−1と呼ばれる、長さたった1.4メートル、重さ150㎏の液体燃料ロケットだった。一年半かけて開発したこのロケットは打ち上げ後一秒半で爆発した。

その頃、ドイツは大きく揺れていた。「悪魔」が仮面を脱ぎ捨て、その本性を現し始めたのである。フォン・ブラウンが陸軍に雇われた翌年、アドルフ・ヒトラーは首相に就任し、やがて独裁的権力を手にした。一九三五年、ドイツはベルサイユ条約を破棄して再軍備宣言をし、一九三九年には再び世界大戦が始まった。

だが、世情の変化はフォン・ブラウンの仕事環境にはすぐには変化を及ぼさなかった。彼はまるで歴史から切り離されたように宇宙への夢に取り憑かれ、ロケット開発に没頭した。失敗と試行錯誤を繰り返しながら、だんだんとロケットは大型化し、それにつれて開発チームも加速度的に大きくなっていった。

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宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─

小野雅裕

銀河系には約1000億個もの惑星が存在すると言われています。そのうち人類が歩いた惑星は地球のただひとつ。無人探査機が近くを通り過ぎただけのものを含めても、8個しかありません。人類の宇宙への旅は、まだ始まったばかりなのです…。 NASA...もっと読む

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