1ヶ月ぶりに池崎と同棲していた磯子の家に帰宅したユウカの気持ちは、つい先日の起きた嵐のような離別からは考えられないほど、穏やかなものとなっていた。
池崎についていた嘘。
7つ年上だということも思わぬ展開で告白することになったけど、池崎は少しも怒ることなく、むしろ笑い飛ばしてくれた。 正直拍子抜けしたけれど、考えてみたら池崎はいつだってそうだった。
そういう部分が、ユウカが池崎に惹かれている理由なのかもしれない。
池崎はわざと不機嫌になったり怒ったり、自分の感情をぶつけてユウカをコントロールしようとはしない。小豆島で三角関係が勃発した時だって、高畑(ユウカと昔関係があった男)に対して敵対心を燃やしていたが、その矛先がユウカに向くことはなかった。本当はユウカの優柔不断で自分に都合の良い立ち回りが原因で起きたことだったのに……。
池崎は、そのことを責めることはせず(イヤミを言うことはあったが)、ユウカの判断に委ねてくれた。自分から離れる選択肢もあったのに、ユウカのことを待ってくれていた。
こんなにワガママで自分勝手で、自己中心的で、「そりゃ結婚できないのもしょうがないよね」って後ろ指を指されるユウカは、今まで「女の子だもん、しょうがないじゃん」と半ば開き直っていたが、池崎の前では、自分のワガママや自分勝手さを、だんだん自覚できるようになってきた。
池崎はブレずにいつも正面から、ユウカに向かい合ってくれる。だから、この人といれば、ユウカはもうフラフラ自分勝手な振る舞いをせずに、落ち着けるのかもしれない……そんな風に感じていた。
きっと、この人となら……。
しかし現実はほんのちょっと違う。いつだって、シナリオ通りにはいかない。こんなJPOPの歌詞のような「いつだって、あなたがいてくれた〜♪」という気持ちのまま、結婚までいければどんなにいいだろうとも思うが、仕方ない。
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ユウカが池崎と同棲していた磯子に戻って初めての週末。 池崎は会社の同期との飲み会の先約を入れていた。しかし、せっかく戻ってきてくれたユウカを一人家において出かけるわけにはいかず、その飲み会にユウカを連れて行くことにした。
横浜の居酒屋に到着すると、すでに全員そろっているようで、 「池崎おそいよ〜」と出迎えられた。
その甲高い女性らしい声の主に池崎は反射的にびくりとする。
戸惑っている間に、ユウカが池崎の後ろからひょっこり顔を出した。
「池崎くんの彼女〜? かわいい!」
「どうも、ハルナっていいます〜。ヨロシク」
彼女の名前はハルナというらしい。開口一番さっさと自己紹介を済ませてしまうあたり、男ばかりの飲み会に唯一参加している女性らしくサバサバしている感じがする。ユウカは彼女の褒め言葉に、素直に若干頬を染めて、会釈をした。
「まぁ、座れよ池崎。それにしても、お前が彼女連れてくるとは意外だな」
そう口にしたのは、ハルナさんの横に座っていた男性だった。すると、他の男性もその声に同調した。
「たしかになぁ、お前って昔っから飲んででも彼女のこととか話さないじゃん。昔振られたっていう年上女のことも、ぜんぜん言わないんだから」
そう言ったあとに、今カノであるユウカを見て「やべぇ」とすぐに顔色を変えた彼は、きっとお調子者のポジションなんだろう。
(池崎……年上と付き合ってたんだ……)
ユウカは心の中で小さくため息をついた。それが嬉しいのか嬉しくないのか……よくわからなかったけれど、どちらかといえば嬉しくはない気がした。 一瞬の沈黙のあと、「とりあえず、池崎ビールだよな。そちらの彼女は?」と聞かれたので、ユウカも「ビールで」と答えた。
池崎とユウカのビールが運ばれてくると、あらためて「かんぱーい」と野太い声が個室に充満し、飲み会はスタートした。
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