美人人気アナウンサーが感じた「ちょっとした異変」

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」
女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強のマーケティング技巧」を持つ西城に弟子入りすることで解決しようとする七海。今話題の書店経営者が初めて書く新しいマーケティング&エンタメ小説、第2回。

その日、豊島公会堂は人で溢れていた。

元々、エントランスが狭く、二階席を入れて最大八〇二名の収容人数をすべていっぱいにするとなると、必然的に人が溢れる。溢れた人で、エントランスに至る階段には折り返しで行列ができていた。

それでも人は連なり、行列は階段で収まらずに豊島公会堂を反時計回りで囲むようにして延 びていた。

「山村詩織リサイタルの最後尾はこちらです! どなたさまもこちらにお並びください! 山村詩織リサイタルの最後尾はこちらです!」

黒服を着た恰幅のよい男が「最後尾」と赤い太文字で書かれたプラカードを持って、行列の最後尾で声を張り上げていた。その位置はいつしか、裏手の搬入口にまで至ろうしていた。

秋山明良は、黒服の男のすぐ横で、豊島公会堂前の小さな公園のほうを見ながら、彼女が着くのを待っていた。駅の方角にある、小さな公園のほうから、続々と人が流れてきて、列に合流していた。

彼女がなかなか現れなかったので、秋山は後から来る人に、どうぞ、どうぞ、と順番を譲る羽目になった。だから、いつまでも「最後尾」のプラカードの隣にいた。

彼女と言っても、秋山が待っていたのは恋人ではない。 彼女と秋山の関係ははっきりしなかったが、彼女の素性は誰にとっても明らかだった。

「遅いよ! こっち、こっち!」

公園の方向、列の前のほうから小走りで、ハイヒールの音とともにこちらに向かってきたのは、白のワンピースを着た彼女だった。夕焼けの逆光の中で、シルエットが映えた。

列の前のほうからざわつき、まるでドミノ倒しのように、彼女に視線が向けられていく。

「あれ、相川響妃じゃない?」

列の中の誰かがそう言ったのを皮切りに、スマホのシャッター音がそれに追い打ちをかけた。

彼女、相川響妃は人気アナウンサーだった。その卓越した取材力で這い上がり、キー局の報道番組内に「相川アイズ」という自分の名を冠した不動の人気コーナーを持っていた。

ショートカットの相川響妃は、長身でスタイルがよかった。秋山は決して背の低いほうではなかったが、それでも並ぶとヒールの分もあって響妃が秋山を見下ろす格好になった。しかも、ヨーロッパのハイブランドのワンピースを当たり前のように着た響妃と、下手をすると大学生にしか見えない秋山が並ぶと周囲から見て、そのアンバランスさが際立ったことだろう。

「響妃、遅いんだよ! こういうリサイタルって、開場前に来て、心の準備とか必要だろう!」

背の低いラフな秋山のほうが、背の高いフォーマルな響妃に伸び上がるようにして説教する。

「ごめん、ごめん。仕事が長引いちゃってさ」

少し前かがみになり、片目を閉じて、顔の前に手を置き、軽く拝むような仕草をする。響妃の得意なポーズである。

「響妃はさ、男はそういうのでみんな許すって思っているかもしれないけどさ……」

ふと、秋山は気づいて、響妃の顔を凝視する。

「あれ? なんか、雰囲気変わってない? 目の辺りかな?」

嬉しい、と響妃はうっとりとした顔をする。

「メイク変えた?」

ううん、と響妃は首を横に振る。

「韓国行ってきた」

「韓国?」

うん、と響妃は頷く。

「明良君に、ちょっと目が変って言われたから、整形してきた」

「え? いや、あれはそういう意味で言ったんじゃ……」

さすがに秋山も引く。秋山だけではない。聞くともなしに聞いていた、列に並んでいた人々も、その背中から引いているのがわかる。あからさまに振り返っている人もいる。

「大したことじゃないから気にしないで」

響妃はまるで意に介さずに言う。

「大したことないって……」

「それに雑誌とかのとき、デザイナーさんがフォトショップで加工する手間が省けるでしょ。だから、いいの、いいの。それよりさ、明良君」

はい、と秋山は反射的に言う。

「ここに来るまで、黒服の警備員を大勢見たんだけど、ちょっと変じゃない?」

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殺し屋のマーケティング

三浦崇典

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」 女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強...もっと読む

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takanorimiura 【『殺し屋のマーケティング』/cakes(ケイクス)全文連載第2回公開!】 2年以上前 replyretweetfavorite