英国エリートたちの「秘密」を探りに、イギリスへ
はじめまして。橘宏樹(仮名)と申します。
東京都出身で30代、現在はとある官庁に勤務しております。2014年夏から2年間、イギリスの2つの大学院—ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス・アンド・ポリティカル・サイエンス(LSE)*1とオックスフォード大学*2—で学び、それぞれ修士号を取得してまいりました。
この本(『現役官僚の滞英日記』)は、留学する直前の時期に、友人で評論家の宇野常寛さんに「せっかくイギリスに行くんだったら、留学記を書いてみない?」と声を掛けていただき、彼が主宰するウェブメディア「PLANETS」のメールマガジンで始めた連載をもとにしています。月1回、2年間にわたった執筆でしたが、僕がイギリスで学んだこと、感じたことのなかから、ぜひ多くの方々と一緒に考えたいな、と思ったテーマについて様々な角度から書いてきました。
みなさんはイギリスという国にどういうイメージを持たれていますでしょうか? ご飯が美味しくない、イギリス英語の発音はアメリカ英語と違うらしい、ビートルズ、プレミアリーグ、カッコいい時計台つきの議会、シャーロック・ホームズ、赤い2階建てバス、雨が多い、大英博物館、ハリー・ポッター、007……などなど、イギリスは世界にいろいろな個性を発信していると思います。
そんなイギリスを僕が留学先として選んだのはなぜか。それは、イギリス人の特にリーダー層は「何かがすごくうまい」という気がしていたことがあります。僕が最初にそう感じたのは、高校の世界史の授業です。帝国主義時代のイギリスが、インドを植民地支配する際に、民衆の恨みを直接買わないよう、現地支配者層を間に挟んだ「間接統治」を展開したり、ジブラルタル海峡、ケープタウン(アフリカの南端)、香港、シンガポール、スエズ運河といった地政学上の要所をピンポイントで確保していたりしたことを教わりました。
当時僕は、「この人たちは、少しずるい気もするけど、戦略家、リアリストとして〝センス〟がいいのではないか」という印象を受けました。しかも100年くらい全世界の制海権を握っていたということは、一時期に突出したリーダーがいたというだけではなく、伝統的、集団的、組織的な形でそうしたセンスを共有していたのではないか。そして今もその薫陶は残っているのではないか、と考えたのです。
問題を抱えつつも、今でも成長を続けるイギリス
イギリスは今日でも、先進国、強国、(老)大国とみなされています。2015年の一人当たり名目GDPでは、日本は26位、イギリスは15位です*3。1990年代以降日本がもがいている一方、イギリスも様々な経済問題を抱えつつも、この20年間、一応右肩上がりの経済成長を維持しています。国連安保理では常任理事国です。ポンドという独立通貨を維持し、ロンドンは世界最大の金融センターのひとつで、2015年のロンドン市場での外国為替取引量は2位のニューヨークの3倍近く、世界シェアの40%を占め第1位です。人口も資源もそれほど豊かではないのに影響力を維持しているところが「うまいなー」と思っていたわけです。この①「リアリストとしてのセンス」、②「伝統的、集団的、組織的」な「センスの共有方法」の秘密を探ることが、僕の個人的なイギリス留学の最大の目的でした。そして2年間の留学期間を経て、それらのセンスや秘密を僕なりに掴むことができたように思います。
そして僕が滞在していた時期の英国は、スコットランド独立投票(2014年9月)、総選挙(2015年5月)、そしてEU離脱国民投票(Brexitブレグジット、2016年6月)と非常な激動期でもありました。特にBrexitは国際社会に強い衝撃を与え、ほぼ同時期に米国大統領選でドナルド・トランプ氏が当選したこととも合わせて、「現代はポスト・トゥルース(post-truth=理性的な判断ではなく感情で政治が動く)の時代なのではないか」と言われるようになりました。本書では、Brexitがどのように起こっていったのかについても、イギリス社会の構造描写や現地での肌感覚のレポートを交えつつ考察しています。
書籍の内容から、選りすぐりのポイントを本連載でお届け
書籍『現役官僚の滞英日記』は全6章で構成されています。必ずしも発表順に並んでいるわけではなく、大まかにテーマごとに章を分けています。
2年の留学期間のうち前半1年はロンドンのLSEで学んでいましたので、第1章「24億人の首都ロンドン」ではロンドンでの学生生活やイギリス文化について、第2章「『先進する国』イギリスの戦術」では現地で見聞したイギリス政治・行政機構について考えたことを述べました。
後半の1年はオックスフォード大学で学び、いわゆる「エリート社会」の一端を直接目にするという稀有な機会を得られましたので、第3章「エリート再生産システムとしてのオックスフォード」で、英国エリート社会がいかにして形成されていくのかについて論じました。そして留学期間も終わりに近づいた2016年6月、Brexitの国民投票が行われました。その時期に考えたことは、第4章「階層分断とBrexit(EU離脱)の衝撃」でまとめています。
第5章「英国エリートの流儀」は、主に帰国後に書いたものです。3章、4章の記述と併せて、Brexitによる英国エリート社会の動揺と、それでもなお維持され続けていくであろう彼らの強さの秘密について、より踏み込んで分析しています。
最後の第6章では、2年間の連載のなかで折に触れて書いてきた「日本への提言」をまとめています。Brexitの大きな引き金のひとつである移民問題、サマータイム導入の是非、そして日英の人材観の違いなどについて述べています。特に人材観の違いは、「優秀」の定義の違いにも現れてきますので、最後の補論「履歴書に『?』と『!』を盛り込め!—超難関・オックスフォード入試を突破するために必要なこと」では、オックスフォードの入試の突破方法について踏み込んで書きました。これからオックスフォードやケンブリッジのようなイギリスの名門大学への留学を検討されている方には、きっと有用な内容になっているのではないかと思います
本連載では、本書のなかから選りすぐりのポイントを抜粋・編集し、cakes読者のみなさんにお届けします。ちょっとズルい気がする乗っかり上手なイギリス人の議論での様子やイギリスの文化、ロンドンの交通事情や教育・政治のシステムまで、盛りだくさんの内容になる予定です。
ごらんのとおり本書の内容は(良くも悪くも?)多岐にわたっています。これらの知見をぜひみなさんと共有し、私たちの住む日本社会の未来像について、みんなで考えを深めていくヒントにしていければ嬉しく思います。
notes
*1 英国で唯一社会科学に特化した学校で、同分野での世界ランキングはハーバードに次いで2位(THE-QS World University Rankings 2016 より)となっており、ヨーロッパ圏の社会科学分野では随一の知名度を誇る大学です。
*2 約800年の歴史を誇る英語圏最古の大学。「Times Higher Education 2017」の世界大学ランキングでは1位となっています。
*3 IMF - World Economic Outlook Databases
次回は、「乗っかり上手なイギリス人」をテーマにお届けします。お楽しみに!
【イベント情報】
2月20日(火) 橘宏樹×宇野常寛『現役官僚の滞英日記』刊行記念 特別対談 & サイン会
19:00 open /19:30 start @CAMPFIRE内イベントスペース(渋谷)
『現役官僚の滞英日記』の刊行を記念して、著者の橘宏樹さんと宇野常寛(評論家・批評誌『PLANETS』編集長)の対談イベントが決定しました。対談後には橘さんのサイン会を予定しています。
書籍購入者限定・無料イベントです。事前予約不要!チケットがわりに書籍を持って、直接会場へお越しください。
橘さんに直接会える、貴重な機会をお見逃しなく!
詳細はこちら。