紙」のノウハウを生かしてウェブを作る—ハフィントン・ポスト編集長・松浦茂樹インタビュー

前回に引き続き、先週オープンした日本版「ハフィントン・ポスト」の編集長・松浦茂樹氏と、cakes編集長・加藤貞顕の対談後編をお届けします。ずっとウェブの仕事をしてきた松浦氏と、出版社で紙の本を作ってきた加藤。経歴は全く異なりますが、ともにウェブを主戦場にして、新しいメディアを立ち上げたふたりです。ウェブがメディアとして成長するために必要なものとは一体なんでしょうか。

調査報道の原資を稼ぐためには

加藤貞顕(以下、加藤) 少し前の本ですが、立花隆さんの代表作ともいわれる『田中角栄研究』(講談社文庫)を初めて読んだ時に驚いたんです。とても膨大な量の調査をすごく緻密に行なっている。あれだけの名著を生みだすには、どれだけのコストがかかるんだろうと思いました。

松浦茂樹(以下、松浦) あそこまで掘り下げて真相に迫る報道ができればベストですが、なかなか今のウェブメディアだと、そこまでいくのは難しいですね。

加藤 『田中角栄研究』からうかがえるのは、たくさんの人出を使って取材したり、資料を集めていることなんです。当然かなりの費用がかかる。人物の評伝だから、訴訟リスクも抱えていた。何が言いたいかというと、当時の出版社には、その取材を支えるだけの予算的なバッファがあったということなんです。

松浦 なるほど。しかし今のウェブメディアが代わりにその取材費用を捻出できるようになっているかというと、それもやはり難しい。

加藤 現状ではそうですね。

松浦 以前、ライブドアでポータルサイトの統括をやっていたのですが、ある時期広告クライアントが離れてしまったんです。大きいクライアントの純広告がなかなか入らず、クリック単価がいくらみたいな、出版社から見たら小さい売り上げをいかに増やすかに労力を費やしました。

加藤 なるほど。

松浦 その時、なんで出版社はあんなに大きな企業の広告を取れるのだろうと思って調べたんです。それでわかったのが、出版社はクライアントと媒体が密接に結びつくという信頼の部分で広告を取っているということなんです。雑誌って、どれくらいの部数を出すのかはわかっても、結局どのような人が見ているか、どんな人に届いているかは外側からはわからない。それでも出版社の人たちは、読者がどんな人で広告を載せることにどれくらいの意義があるのかクライアントにしっかり説明しているから、誌面を高い単価で売ることができている。

加藤 古い業界だから、そういうノウハウはちゃんとしているかもしれませんね。

松浦 一方、ウェブはそういう発想がほとんどありません。ユーザーに適した広告が出せる仕組みにはなっていますが、それだけではページビューが1億あってもあまり売り上げがあがらない。
 その点、アメリカのハフィントン・ポストでは、広告にも編集的な視点があるんです。例えば、「母と子の健康」というカテゴリーには、ジョンソン・エンド・ジョンソンがスポンサーとしてついてくれています。この媒体に広告を打つことがいかに効果的かちゃんとクライアントに説明ができているから、世界的企業でも広告を入れてくれるんです。

加藤 その発想はすごく雑誌っぽいですね。たんに広告枠を売るというより、その媒体というブランドを売るわけですよね。

松浦 そうなんです。アメリカは、はじめから雑誌っぽい考え方を持っていた。

加藤 でも、それを実現するためには、コンテンツとしての日頃からの信頼があったり、それを担保する編集力や、多くの人に広げる営業力であったり、いろんな要素が必要だと思います。日本のハフィントン・ポストは朝日新聞と組んで運営するそうですが、朝日の持つ信頼を得るためのノウハウも生かせそうですよね。
 でも、アメリカのハフィントン・ポストには、もともとそういったバックアップしてくれる存在はなかったんですよね。どうやって、信頼を勝ち取っていったんでしょうか?

松浦 もちろん、ページビューが多かったのが強みだったんだとは思うんです。でも、それだけではなく、メディアとして何を打ち出したいかを明確にした上で、支援を募ることができたからこそだと思っています。それって実は、日本の雑誌がやってきたことだと思うんですよ。同じ事を真摯にやっていただけ。僕自身、今までのウェブメディアでの仕事の経験を振り返ってみて、こういう当たり前のことが大切だなと強く思います。

加藤 日本のハフィントン・ポストも、今までのウェブ広告の手法も採用しながら、雑誌的な方法論も取り入れるということですね。

松浦 そこをおろそかにすると、正直なところ、踏み込んだ調査報道の原資を稼ぐことができないでしょうね。

ラーメン屋とコース料理の両立を

加藤 せっかく、ウェブメディアを運営する者同士なので、編集方針についてもお話を伺いたいと思います。僕はもともと書籍の編集者でしたが、紙の本って結局、勘で作ってるんですよ。もちろん、その勘にはそれなりの根拠を持ってるつもりです。でも、ウェブメディアはページビュー数や滞在時間を見れば、どんな傾向の記事が好まれるのかかなり細かくわかってしまう。

松浦 そうですね。

加藤 だからこそ必要なのは、数字を見ながらも「これはきっと売れる」という自分の勘を、信じ続けることだと思っているんです。

松浦 たしかに数字を見るだけでは駄目だと思います。重要なのは、その数字を参考に次につなげられるかどうか。加藤さんのように雑誌や書籍、新聞をやってきた人たちの勘は、やっぱり凄いものがあると思います。ネットだけでやっていると、どうしでも数字ばかり偏って、勘を疎かにしてしまう部分があるんです。わからないからこそ、勘が研ぎ澄まされていくということはあるんだと思う。

加藤 ケイクスでも統計学の専門家も入っていただいて、数字をかなり意識したマーケティングをしています。それでも一番大事なのは、自分が「面白い」と感じるものを作ることだと思っていますね。

松浦 そうですよね。僕も勘よりも目の前の数字を見ながら「ユーザーに支持されている記事のほうが正しいに決まってるじゃん!」と言って、ディレクションしてきた人間でもあるんですけど、やっぱり雑誌や書籍、新聞には学ぶところが多い。

加藤 そういう意味では、朝日新聞と一緒に運営していくというのは充分な強みだと思いますよ。この前、僕は将棋の名人戦の観戦記を朝日新聞で連載するという経験をしたんです。それで、朝日新聞ってすごいなと実際に体験しました。僕はプロの編集者なので、文章を書くこともいちおうプロなんですよ(笑)。でも、原稿を提出すると、ものすごく的確なコメントで修正の依頼をされるんです。結局、第1回目は600文字の原稿を4回書き直すことになりました。そういった、文章を精緻化していくノウハウが、組織とし確立している。
 この話はあくまで一例ですが、やはりこういうところに、歴史ある新聞社の持つ力を感じました。

松浦 そう思います。実際すでに出向というかたちで、何名かの記者さんにきていただいて同じ事を感じています。

加藤 何歳くらいの方が多いんですか?

松浦 私より、少し年下くらいですね。

加藤 おお、意外と若い人がくるんですね。でも少し気になるのが、新聞とウェブメディアの考え方の違いです。「勘」と「数字」の話をしましたが、そういった食い違いは起きたりしないですか?

松浦 まあ、それは立ち位置の違いでしかなくて、例えば雑誌の人と新聞社の人が同じ机を並べて仕事したら喧嘩になることもあるでしょ?(笑)

加藤 あるかもしれませんね(笑)。

松浦 おっしゃるとおり、新聞とウェブとでは流儀は違います。ウェブは、ラーメンを注文されたらすぐ出すし、チャーハンを注文されたらすぐ出すといったふうに、お客さんが求めているものを最速で提供するのが基本です。
 しかし、新聞では記者がさまざまな思いを抱きながら取材したネタを元に調理を重ねていきます。料理長に怒られながら、きれいに見た目を整えてコース料理を作っていくような作業です。ウェブの流儀はきっちり説明しますが、やはりコース料理を作ってきた人たちの持つ力も生かしていきたい。その能力は紙からウェブに移ってきても、十分通用するものだと思いますから。

加藤 そう思います。

松浦 「ハフィントン・ポスト」は「まとめサイト」のように、一気に情報をあつめてすぐ調理するコンテンツも作るし、一方では、「こんなおいしいコース料理があるんだよ」とユーザーに示せるメディアにしたいですね。

加藤 今まで新聞、雑誌、テレビなどの既存メディアで活躍していた人たちが、最近になってウェブに進出してきたのはすごくいい流れだと思っています。僕が「ネットに賭けてみよう」と思った理由は、そういった活気と勢いがあったからです。
 今中国に旅行に行くと、中国の人たちがすごく生き生きした顔をしているんです。それってやっぱり、経済が上向いているからだと思うんですよ。日本企業が中国に進出するのと同じように、せっかく勝負するなら、勢いのある場所で戦いと思いました。

松浦 本当にその通りです。もちろん、マネタイズという意味でもウェブはまだまだ大変だと思います。しっかり原資を稼ぎながら、新しいウェブメディアとしてがんばっていきたいですね。

加藤 お互いがんばりましょう! 本日はありがとうございました。

構成:宮崎智之

ケイクス

この連載について

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ウェブメディアの完成形を目指して

松浦茂樹 /cakes編集部

全米No.1ニュースサイトの『ハフィントン・ポスト』の日本版が本日オープンしました。2005年にアメリカでオープンし、その後全米全欧で脚光を浴び、現在では米国で月間4600万人が800万件以上のコメントを投稿しています。そのオープンに...もっと読む

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コメント

rootport 【読んでる】 面白い。 5年弱前 replyretweetfavorite

EchoEqual どこまでいっても人…というより何でも出来るからこそ最後は人なんですね。面白いというか。 5年以上前 replyretweetfavorite

sonoko0511 紙のよさもWebのよさも取り入れながらつくりたい: 5年以上前 replyretweetfavorite

miyazakid 構成を担当した記事。後編が公開されました。 5年以上前 replyretweetfavorite