今まで読んだことのない漫画を読んでみたいあなたへ
『百日紅』杉浦日向子
(筑摩書房)初出1985
どや顔 VS さりげなさ
浮世絵風の絵に注目。江戸の街を舞台に、幻想と日常をうつしだす美しさの価値観が変わる一冊。#漫画 #江戸時代が舞台 #浮世絵風の絵に注目 #葛飾北斎とその家族が主人公 #アニメ映画化 #声の主演は杏ちゃん #上下巻なのですぐ読める #杉浦日向子は天才 #江戸時代を舞台にした漫画や小説は多くあれどこんな作品は見たことない
さりげなさ、って絶滅危惧種になってませんか。
ねぇっ、そこのお姉さんっ。思いません? ちょっとインスタにアップする前に聞いてくれ。ただの絡み酒だけどっ。
「さりげなく」……然りげ無く。どうとでもないように、なんでもないように。すこしだけほほえみを傾けて、なんでもなかったように去ってゆく感じ。
それなのに最近は(絡み酒の常套句ですね)、何かいいことや素晴らしいことがあったらSNSにアップしてさ、あるいはLINEで報告して、「さりげなく」嬉しいことや「さりげない」やさしさは、個人のネタとして消費されていってしまう。
もちろん私もそのひとり。ネットの海に流した瞬間にそれは「どうとでもないこと」なんかじゃなくなる。
人生を楽しく生きるにはある種の躁的なテンションも必要で、本来さりげなく吹いてきた風みたいなものを大仰に「むっちゃきもちいい!」と騒いで楽しむことが、自分は幸せだ、という意識につながっていたりする。だから別にいい、さりげなくなくたって。
だけどそのたび、さりげないことがどんどんさりげなくなくなってゆく。
コレ、世間でさりげないが絶滅危惧種なんじゃなくて、単に私の中で絶滅しつつあるっていうだけですね。うーむ、すいませんでした。お姉さんを解放しよう。
でもね、もう戻れない「さりげなさ」に、憧れるときもある。
そういうとき、私は杉浦日向子を読む。幽霊も心中もエロも妖怪も女も、ぜんぶ「さりげなく」過ぎ去っていた頃を思い出すみたいに。
杉浦日向子は江戸時代を描く漫画家でもあり、江戸時代の風俗研究家でもあった。
彼女の書く江戸エッセイはほんっと〜におもしろいから一度読んでみてほしい。江戸時代というと、「江戸しぐさ」なんて言葉が流行ったみたいに、粋で美しくて日本がまだ西洋化されてなくて……なんていい言葉ばかりがまとわりつくけれど、杉浦日向子の書く「江戸」を読むと、ぴったりした等身大のサイズの江戸がわかる。
ダメなやつもいっぱいいて、汚くてさわがしくて、だけどおかしくて小粋な江戸の町。人々がどんなふうに大変で、どんなふうに恋をして、死ぬことをどう受け止めていたのか。
文化なんていうと大仰だけど、その人々の一日の暮らしがわかると途端にむかしの時代と私たちの距離が縮まる。杉浦日向子のエッセイはその距離をわかりやすくおもしろく縮めてくれる。
「さりげなさ」の価値を思い出す一冊
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。