読みたい人、書きたい人のミステリ超入門

第4回 謎がなければ始まらない(2)

ミステリの本質は「謎」である。「謎」の持つ牽引力で、ページをめくらせるタイプの小説、と言っていいかもしれない。とはいえ推理クイズではないから、謎さえあれば小説部分はどうでもいい、というわけでもない。
 それでもやはり、ミステリは、「謎がなければ始まらない」のである。
電子書籍文芸誌「yom yom」に掲載中の人気連載を出張公開。

 前回までの「物理的な」美しい謎の一方で、「心理的な」美しい謎もある。
 犯人は、「なんでそんなことをしたのか?」という、いわゆるホワイダニット(Whydunit)と呼ばれるものだ。数多の名作があるが、「なぜ? それにどんな意味が?」という素朴な疑問を抱かざるを得ない名作を紹介したい。

 まずは、ミステリの女王、アガサ・クリスティーの『ABC殺人事件』。これは、アンドーヴァー(Andover)という、アルファベットのAで始まる町で、イニシャルがA・Aという人物の死体が発見され、次はベクスヒル(Bexhill)でイニシャルB・Bの、さらにチャーストン(Churston)でイニシャルC・Cの人物の死体が発見され、いずれの死体の側にも、「ABC鉄道案内」が置かれていたという事件。犯行の手口から同一犯と思われるが、被害者間に関連性は見当たらず、犯人は何のためにこんなことをしているのか分からない。日本に置き換えれば、赤坂で赤川さんが、飯田橋で飯田さんが、上野で上田さんが死体となって発見され、側に「50音練習帳」が置かれている。そして、江戸川橋周辺の「え」で始まる名字の人(江川さん、とか)が戦々恐々とする、といった感じだろうか。

 これを、「誰もが知っている事柄(童謡や数え歌など、子供から大人まで、そのコミュニティーに居る人なら皆知っていること。アルファベットはその典型)に似せて、あるいはなぞらえて、殺人を行うタイプの謎」と見れば、「見立て殺人」と言うことができる。見立てとは、真似て似せること。犯行現場を、童謡の歌詞などに「似せる」わけである。

 童謡や数え歌を題材にした見立てだと、日本の作品では横溝正史の「金田一耕助シリーズ」が有名だろう。もちろん、先に紹介した『そして誰もいなくなった』も、典型的な「童謡による見立て殺人」の例だ。

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新潮社
2018-03-16

この連載について

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読みたい人、書きたい人のミステリ超入門

新潮社yom yom編集部 /新井久幸

ミステリ作家志望者、必読! 「新潮ミステリー倶楽部賞」「ホラーサスペンス大賞」「新潮ミステリー大賞」など、新潮社で数々の新人賞の選考に携わってきたベテラン編集長が考えるミステリの読み方・書き方の<お約束>とは――。電子書籍文芸誌「...もっと読む

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yomyomclub これは現時点でのcakesの最新回です→ 1年以上前 replyretweetfavorite