また、後で詳しく述べるが、不可思議な状況、常識では考えられない事件現場というのも魅力の一つになる。
どうやって行ったのか? あるいは、なんでこんなことになったのか?
「山高帽のイカロス」(『御手洗潔のダンス』所収・島田荘司)という短編は、日頃から「人間は空を飛べるはずだ」と言い、そういう絵ばかり描いていた画家が、四階のアトリエから忽然と姿を消し、地上二十メートルの電線に乗っかった死体となって発見される、という謎が提示される。
一体、何がどうなったらそんなことが起こるのだろうと思うし、空を飛ぶことを夢見ていた画家が、空飛ぶ死体となって発見されるというのは、非常に魅力的でわくわくする謎だ。
こんなふうに、謎が大きく、不可解であればあるほど、読者はその真相を知りたくて、ページをめくることになる。
そして、謎解きの手掛かりとなる伏線がないと、ミステリにはならない。伏線がなければ、「推理」できないからだ。伏線というのは、解決の根拠や手掛かりとなる事実・出来事を、事前に描いておくことである。何の根拠もなしに犯人は特定出来ないし、犯人がいきなり自白したところで、読者は白けるだけだろう。 「ヘンゼルとグレーテル」という童話では、家に帰る目印として道すがら小石が撒かれるが、その小石のようなものだと思ってもらえればいい。小石を丁寧に拾って遡っていけば、自然と真相にたどり着く、というわけだ。
例えば、犯人を限定する要素が「左利き」であったとする。だとしたら、解決に至る過程で、その犯人が左利きである、ということが分かる記述がどこかになければならない。なにも、「○×は左利きだった」と書く必要はなく、左手で箸を使う場面があるとか、右利き用の道具を使いにくそうにしているとか、そういったことでいい。そして、できればそれらを複数回示しておく。毎回違った見え方──箸であるとか、筆記用具であるとか、ハサミの使い方であるとか──にするのは言うまでもない。一度書いた伏線をちゃんと覚えていてくれるほど、読者は親切ではないし、そこまでの記憶力も期待してはいけない。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。