近所のスーパーに買い出しに出かけた帰り、僕は白い袋を両手にぶら下げながら大通りを歩いていた。沿道に生い茂るプラタナスの葉はむくむくと膨らんで、緑の手で重たげな空を押し上げている。上を向けば、吹き抜ける風までもが緑に染まって見えた。
この家で暮らし始めてから、目に映る景色はガラリと変わった。歩いていても、足の不自由な人が目に留まるようになったし、解体されかけの家や、まだ瑞々しく燃えそうな廃材なんかに目が向くようになった。以前の僕の目玉がスルーしていたものばかりだ。生活が変われば、世界は風呂敷が広がるようにして拡張される。
刻の湯の前の通りまで来ると、入り口になにやら人だかりができていた。なんだ、芸能人でも来てるのか?
不思議に思って近づいた途端、突然人垣が崩れて中から何かが飛び出してきた。僕は驚いて思わず足を止めた。
それは全裸の子供だった。必死の形相でこちらに向かって駆けてくる。その背後で暖簾がパッとはためき、今度はゴスピが飛び出してきた。
「マコさんっ!」
彼は僕の姿を認めると大声で叫んだ。
「捕まえて!そいつ、無銭飲食(タダメシ)……じゃない、無銭入浴(タダブロ)なんだ!」
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