メゾン刻の湯

”問題児”は本当に本人だけに原因がある?

親元を離れてからも規則正しい暮らしを続けているリョータ。しかし転校先の小学校では塞ぎ込んでいるという。周りの子供たちとのトラブルもあり、「これでは授業にならない」と担任の女教師は迷惑そうに言うが――。社会からハミ出たくせものたちの集まる銭湯シェアハウスが舞台の傑作青春小説、第17話です!

「リョータがしゃべらない?」

ちゃぶ台を挟んで反対側に座る女教師を前に、僕と戸塚さんは同時にそう叫んだ。

「ええ、そうなんです。授業中に当てられても、教科書を読む順番が回ってきても、リョータ君、一言もしゃべろうとしないんです」

 僕とそう年齢の変わらなさそうな女教師は、左に傾いだ大きなメガネを片手で押し上げながら言った。

 彼女が学校帰りのリョータとともにうちを訪ねてきたのは、リョータが小学校に通い始めてから2週間あまり経った時のことだ。

「周りの子たちも、そのことで余計に騒いじゃって」

 銀の細いフレームは、彼女の神経質そうな細い目を余計に冷たく見せている。顔色は悪く、縁側から届く初夏のうっすらと汗ばむような陽気すらも寄せ付けないといった風に、首から先を低くうなだれている。

「リョータさんが、ねえ」戸塚さんはいつものようにのんびりと言う。

 僕は、黙って戸塚さんと僕との間に座ったリョータを見下ろした。リョータはむっつりと押し黙り、手を握りしめたまま、正座して下を向いている。丸めた体はまるで威嚇中のハリネズミみたいに硬く強張って見えた。

 「子供だって、話したくない時だってあるでしょう。リョータさんは確かにあまりおしゃべりな方ではないですが、いい子です。それが、そんなに問題なんですかね?」

「それだけじゃありません」一段とうわずった声でそう叫ぶと、彼女はちゃぶ台に身を乗り出した。「そうかと思えば、急に叫んで周りの子たちに乱暴を働いたり、教室を飛び出したりするんですよ。中断されてばかりで、これじゃ、授業になりませんよ」

 彼女の震える声が、ぽかぽかと温もったリビングの空気をかき乱してゆく。何も、そんなにヒステリックな声を出さなくったっていいじゃないか、と僕は思ったが、きっと今の彼女には、自分の振る舞いが他人にどう影響を与えるかを考慮する余地もないのだろう。頰はこけ、色あせた唇から、彼女の普段の焦燥ぶりが伺えた。

「……どうでしょう。ご家庭の方でも、何かお心当たりはないですか」

「お心当たり、ねえ」戸塚さんは首を傾げた。

「本当に彼が、そんなことを……何か理由があるんじゃないですか?」

「それが、リョータ君は理由を言わないのです。黙ったまま、あるタイミングで突然暴れ出すんです」

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”正しく”なくても”ふつう”じゃなくても懸命に僕らは生きていく。銭湯を舞台に描く、希望の青春群像劇

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小野 美由紀
ポプラ社
2018-02-09

この連載について

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メゾン刻の湯

小野美由紀

”正しく”なくても”ふつう”じゃなくても懸命に僕らは生きていく。「傷口から人生」の小野美由紀が銭湯を舞台に描く、希望の青春群像劇! どうしても就活をする気になれず、内定のないまま卒業式を迎えたマヒコ。住む家も危うくなりかけたと...もっと読む

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numa_tama 物語だとこういう子を擁護する傾向にあるけど、こういう子に怪我させられたり、嫌なこと言われて傷付けられてしまった子はどうなの?  2年弱前 replyretweetfavorite