じいさんは享年80歳だった。僕のばあちゃんと同い年だ。第一発見者である僕と龍くんは警察でこってりと取り調べを受けた。龍くんがばか正直に、じいさんがうちにたびたび来ていたことを話してしまったからだ。
「どうして、何度も家宅侵入されてるのに、通報しなかったんですか」とその男の警官は眉を吊り上げながら言った。次の日に仕事があるにも関わらず、龍くんはそのことに文句ひとつ言わずに淡々と取り調べを受けた。じいさんは龍くんが発見した時にはすでに心筋梗塞を起こしていたらしく、死因が特定されたことで疑いは晴れ、我々は家に返された。朝の4時だった。
アキラさんは僕たちが帰宅するまで起きていて、一言「お疲れさん」とだけ言い、力なく肩を落とし、納戸へと消えていった。それから2日間、彼は熱を出して寝込んだ。納戸の中から細い咳が聞こえてきていたが、その次の日の朝には黙々と、ハルエさん探しのポスターを片付けた。その頃にはあの、何事にも動じなさそうなさっぱりとした人格を、まるでそのために作られたような端整な顔立ちのうえにすっかり下ろしていて、それが再び外されることは、この先ずっとなさそうな気がした。実際、あれ以来、彼があのような動揺を再び見せることはなかったし、僕は僕で、それについて触れる事はなかった。
じいさんの葬式は5日後に行われた。刻の湯の住人のうち、葬式に参加したのは僕と龍くんだけだった。まっつんは僕たちの姿を見て、少しだけ気まずそうな様子で会社に出かけて行った。
カオリさんは泣きはらした目をしながら僕たちに頭を下げた。
「徘徊が激しくなって、いよいよ施設に入った方がいいんじゃないか、って話してたところだったんです。父は昔から散歩が好きで、退職してからも毎日のようにこの辺りを歩いていました。施設に入れて体を拘束されると思うと、かわいそうで」
弔問客はみな、背の小さな老人ばかりだった。電車の中で見る、快活さを爆発させる子犬のような老人たちとは異なる種類の老人たちで、順番に死を待ち、それ以外の選択をまるで諦めてしまったような細い体を、重たそうに持ち上げ、よろよろと焼香を済ませていた。
みな平等に死の影にさらされ、かぼそい体を喪服につつみ、棺桶に吸い込まれるようにしてよろよろと焼香をすませていた。
参列者の中に「ハルエさん」がいた。
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