〝外交的なコミュ障〟だったデカルトが考えた生きるためのルール

人は一人では生きていけない。ならば、他人とどう生きていくか、生きていけるか、生きていくべきか。その答えは、デカルトが編み出した「精神の外交術」にあり! デカルトによるスペシャルな人生指南書『デカルトの憂鬱』の著者・津崎良典先生にくわしく訊いてみた。集中連載インタビュー第2回!

—津崎先生がデカルトに出会ったのはいつだったんですか?

津崎 出会いはね、私が小学生の高学年のときだったんですよね。

—えっ、小学生?

津崎 今、驚いたでしょう?「小学生がデカルトなんて」と思うとそうなってしまう。ただ、そこで出会ったのはデカルトというよりフランスで、父親が仕事の土産でフランスのチョコレートを買ってきた。それを一口食べてみたらすごくおいしくて、こんなにおいしいチョコレートが世の中にあるんだって、それこそ驚いたんです。当時はまだ舶来品が珍しくて、ヨーロッパのものが身近にある時代じゃなくて、「フランスという国は一体どういう国なんだろう?」と思ったんですよね。

—デカルトを知るより先に、デカルトの母国であるフランスに出会ったわけですね。

津崎 フランスっていうとお洒落に聞こえちゃうかもしれないけど、皆さん必ず異文化体験がある。僕にとってはたまたまフランス菓子で、そこからパリに対する関心が高まり、中学・高校の頃は毎晩何をしてたかというと、パリの地図を眺めてから寝てたんです。最初のきっかけは食文化でしたけど、次にメディアによく出てくるフランスの得意分野はファッションですよね。フランスのモードに興味を持って、今度は文学や映画や美術に少しずつ触れていく。それと同時に、高校生ぐらいになると哲学というものになんとなく関心が湧いてきて、「じゃあフランスの哲学となると何があるんだろう?」と調べてみたら、当時流行っていたのは、デリダとかドゥルーズとかフーコーなどの「フランス現代思想」と呼ばれるものだったんです。でも僕は、ちょっと、いやだいぶ天邪鬼だったので、流行りものはいつか廃れるかもしれないし、競合相手が多いだろう、と思った。そこで「最初にフランス語で哲学を始めた人は誰なんだろう?」と考えたときに、二人の名前が出てきた。その一人がデカルトで、もう一人は、この本でも何回か参照したモンテーニュなんです。ただ、モンテーニュは日本では今でも文学者として考えられていて、大学一年生の僕には「モンテーニュは哲学者でない」という思い込みしかなかったから、「じゃあデカルトをやろう」と。だから、最初からデカルトと出会ったとうよりも、僕にとってあこがれの異文化であるフランスとの出会いが最初にあった。その意味ではすごくプライヴェートでパーソナルな出会いなんです。

『デカルトの憂鬱』を読んでいて印象的なことは、デカルトのパーソナルな部分が描かれていることです。ここではデカルトの書いた手紙が何度も引用されてますけど、繰り返し登場するのは悲惨な亡命生活を送っていた王女エリザベトへの手紙ですね。

津崎 この本がデカルトの他の入門書と大きく違うところがあるとすれば、手紙に注目したことだと思います。当時の手紙というのは回覧を前提にして書かれているので、書く側もあんまり立ち入ったことは書かないということがあるんですが、それでも手紙というのは私的な性格が強いものです。書き手と読み手の顔がはっきりしていて、それが手紙の背後に浮かんでくる。公刊された著作とは性格を異にする文章をたくさん使ったのは、デカルトの私的な側面を読者に身近に感じてもらいたいということがありました。手紙を引用することで、自分の思いを素直に綴り、具体的な誰かに寄り添った彼の姿がくっりと見えてくる。その意味でこの本は、デカルトのパーソナルな側面が強くあらわれているのと同時に、私自身のパーソナルなデカルトとの出会いも色濃く反映されています。だから、二重の意味でパーソナルな本に仕上がっただろうなと思います。

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デカルトの憂鬱

津崎良典

悩みや心配、悲しみ、怒り、憎しみ……そんな「マイナスの感情を確実に乗り越えられる方法」はあるでしょうか? あの「我思う、ゆえに我在り」であまりにも有名な近代哲学の祖・デカルトが、私たちに降りかかるマイナスの状況にいかに対峙すべきか、「...もっと読む

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