読みたい人、書きたい人のミステリ超入門

第1回 そもそも、「ミステリ」ってどんなもの?(1)

何百本という応募原稿を読んできて、よく「惜しいなあ、もっと面白くできたのに」と思うときがある。それは突き詰めれば、「ミステリ的な手続き」に不備があったり、いわゆる「お約束」を踏まえていないことに起因する。
電子書籍文芸誌「yom yom」に掲載中の人気連載を出張公開。

 編集者として、二十年近く新人賞の事務局で下読みをしてきた。「新潮ミステリー倶楽部賞」「ホラーサスペンス大賞」「新潮ミステリー大賞」等々だ。
 何百本という応募原稿を読んできて、よく「惜しいなあ、もっと面白くできたはずなのに」と思うときがある。

 それは突き詰めれば、「ミステリ的な手続き」に不備があったり、いわゆる「お約束」を踏まえていないことに起因する。発想は面白いのだけれど、謎として上手く提示できていないからカタルシスがない、という場合も多い。非常にもったいない。

 ミステリは、ある種「暗黙の了解」となっている部分の多い、特殊なジャンルである。それは、読書経験の中で自然と身に付いていくものでもあるが、どうしても限界が生じる。
 筆者は学生時代、推理小説研究会というサークルに所属していたのだが、そこで先輩や仲間たちから「そんな読み方があるのか!」ということを教わり、「自分は何も読めていなかったんだな」と思い知らされた。一人で黙々と読んでいたら、気付けなかったことばかりだ。
 この連載では、そうやって会得したミステリの「お約束」を、初心者向けに解説してみたい。

 新人賞の下読み経験を踏まえているから、デビューを目指す人には多少なりとも参考になるだろうし、書き手を目指していなくとも、いくつかの基本を押さえることで、読書は飛躍的に楽しくなる。
 例えば囲碁や将棋。名人がどれだけ強いかは、自分にある程度の力がないと実感することはできない。それと同じで、ミステリの基礎体力をつけることで、その作品の何が凄くて、どこが画期的なのか鮮明に分かるようになり、同じ作品でも、より面白く感じられるようになるはずだ。

 では、「ミステリ」とは一体どんな小説のことを言うのだろう?  日本語では、「推理小説」とか「探偵小説」とか言われるし、「本格ミステリ」という言い方もある。「警察小説」だって、広い意味ではその範疇に入るだろう。
 今、広い意味では、と言ったが、ある新人賞の募集要項には、「広義のミステリ」と書かれてあった。ということは、「狭義」のミステリも存在するのだろうか?  そもそも、「ミステリ」ってなんだ?  初回は、そこから考えてみることにしたい。

 こういう場合のセオリーで、まず辞書の記述を見てみると、

【ミステリー】 ①神秘的なこと。不思議な出来事。なぞ。 ②怪奇・幻想小説を含む、広い意味での推理小説。

 続いて、推理小説を引いてみると、

【推理小説】 多く犯罪に題材をとり、犯行の動機や方法、犯人の特定などが筋を追うごとに解かれてゆく興味を主眼とする小説。探偵小説。ミステリー。〈第二次大戦以前は「探偵小説」の語が用いられていた〉「大辞林」より

 とある。さすがに上手く簡潔にまとめてあるが、これは「犯罪小説」の説明であって、「推理小説」には足りないのではないか。

 では、足りないものとは何か? 〈謎〉と〈伏線〉と〈論理的解決〉である。
 謎、というのは、辞書の説明にある「犯行の動機や方法」「犯人」であることが多い。しかし、これらがあまりに平凡だったり、あからさまに誰かを指し示すようでは、ミステリは始まらない。  誰だろう、なぜだろう、どうやったんだろう、という疑問がなければ人は興味を持たない。ミステリにおける最大の牽引力は、これら謎によるものだ。

 といっても、大くくりに「さて、誰が犯人でしょう」と問うのでは面白みがないし、日常生活の中で起こる事件では、犯人の可能性を持つ人間が無限に存在してしまう。そこで、いわゆる「嵐の山荘」を作り、犯人候補を限定しようとするのである。
 突然の嵐で土砂崩れが起こり、山奥の一軒家が孤立する。助けを呼んでも、道が塞がっていてたどり着けない。つまり、来ることも出ることもできない。下手をすると、電話も通じなくなっている。そんな中で殺人事件が起きれば、犯人はおのずとそこにいる人間に限定されることになる。

 嵐ではなく、絶海の孤島に集められた十人が、童謡になぞらえられた方法で、一人また一人と殺されていく。アガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』は、最近ドラマになったので、見た人も多いかもしれない。
 容疑者はどんどん減っていくのに、犯人はまったく分からない。しかし、確実にその影は近づいて来ている。次は自分かもしれない。隣にいる人物が殺人者かもしれない。というスリルと、童謡の歌詞に見立てられての犯行は、凄まじい恐怖とサスペンスで迫ってくる。
 これは極端な例だが、多くのミステリは、こうして何らかの方法で、犯人候補を限定しようとする。

*次回「そもそも、「ミステリ」ってどんなもの?(2)」は2月8日(木)公開予定です。

2018年2月号は新直木賞作家・門井慶喜氏が連載スタート。あらゆるエンタメを自由に楽しむ電子の文芸誌、毎奇数月第3金曜に配信!

yom yom vol.48(2018年2月号)[雑誌]

門井慶喜,瀧羽麻子,円城塔,新納翔,柳井政和,押見修造,げみ,agoera,乾緑郎,早坂吝,益田ミリ,武田綾乃,千早茜,尾崎世界観,中江有里,ふみふみこ,三上延,中山七里,最果タヒ,東川篤哉,青柳碧人,梶尾真治,神田桂一,堀内公太郎,町田そのこ,カレー沢薫,新井久幸
新潮社
2018-01-19

この連載について

読みたい人、書きたい人のミステリ超入門

新潮社yom yom編集部 /新井久幸

ミステリ作家志望者、必読! 「新潮ミステリー倶楽部賞」「ホラーサスペンス大賞」「新潮ミステリー大賞」など、新潮社で数々の新人賞の選考に携わってきたベテラン編集長が考えるミステリの読み方・書き方の<お約束>とは――。電子書籍文芸誌「...もっと読む

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コメント

nanamenon https://t.co/u2FC9mMxki 2年弱前 replyretweetfavorite

t_udagawa 早速cakesの気になってた記事を読む。これ楽しそうな連載!!「ミステリ書いてみたい」って学生時代何度思ったことか(で、書かないんだけど)。/ https://t.co/RbkUcixUzY 2年弱前 replyretweetfavorite

editor_of_SS 「yomyom」の連載が、cakesでも読めるようになりました。「読みたい人、書きたい人のための、ミステリ超入門」 2年弱前 replyretweetfavorite

ihSebas 「読みたい人、書きたい人のミステリ超入門」第1回を読んだ。 https://t.co/AHnn7HsRAn 2年弱前 replyretweetfavorite