​瀬戸内寂聴「紫式部は何を書きたかったのか」

【第11回】95歳、ご活躍を続ける寂聴さん。70歳で『源氏物語』の現代語訳に取り組んだとき、心情的に最も共感した登場人物は誰だったのでしょうか。そして、小説家として自分の創作活動を振り返って、いったい何を書いてきたのか――。(聞き手・平野啓一郎) 
 ※本インタヴューでは自身が代表作を3点選び、それらを軸に創作活動の歴史を語ります。『夏の終り』『美は乱調にあり』『諧調は偽りなり』の一組、『源氏物語』現代語訳

紫式部は何を書きたかったのか

平野啓一郎(以下、平野) 今回、作品をずっと読んできて、瀬戸内さんの文学史で言うと、まず愛の問題があって、自分ではどうしようもないような、コントロールできないようなものを抱えて生きる姿がある。

それをある1人の人物から始めて、自分の問題にし、社会思想にまで深めた後、今度は歴史的にもう1回辿り直すのが『源氏物語』だったのではないかと思うんですね。フリーラブの実践を『源氏物語』では、実際に古典の世界でやっているのですから。

それで、あらためて瀬戸内さんの翻訳でずっと読んでくると、明石に行くぐらいまでは、光源氏のことを僕は好きなんですけど、帰って来ていよいよ六条院を増設して栄華を極めて、そのあと玉鬘に対する態度ぐらいのあたりから、やはり何か中年男の嫌な感じっていうのが出てきますね。若いときに読んだ印象では、あまり思わなかったんですけど。今回はそんな感想を持ちました。

瀬戸内寂聴(以下、瀬戸内) 嫌な感じするね。でも平野さんはさ、ちょっと源氏の要素があるじゃない、女たらしのところ(笑)。

平野 ないです、全然そんなことないですけど(笑)。いや、だから紫式部自身が、だんだんどこかでうんざりしてきたんじゃないかなって気もして。藤原道長に言われてずっと書いてきて、光源氏を理想的な男として描いてきたけれども。

瀬戸内 紫式部にとって、道長はセックスを伴ったパトロンだからね。だから昔はそれを断ることができないでしょ。だけど日記には「道長がやってくると、自分はもうなかに入れなかった」とわざわざ書いてあるでしょ。でもそれができる社会じゃないんだから。だから三度目ぐらいには入れていますよ、絶対。

平野 『月の輪草子』という瀬戸内さんの小説のなかでは、そんな話が巧みに組み込まれています。まあ、だんだん紫式部の源氏の描き方にも、男というものの何とも言えない嫌な感じが出てきてしまう。男そのもの、ひいては浮世自体に対して嫌気がさしてくる感じが後半になるにしたがって見受けられます。だから、「宇治十帖」はやはり紫式部が書いたんだ、と瀬戸内さんは唱えられていますよね。

『月の輪草子』 (講談社、2012年/講談社文庫、15年)

瀬戸内 もう絶対に紫式部が書いたものです。違うという説もありますけど、科学的に字や文章を調べたら、やっぱりそれは紫式部のものだったという結果も出ているんですよ。

平野 僕も実はそう思っていたんです。というのは、もう「宇治十帖」ではほとんど源氏のなかにあった、そのいやらしい部分のパロディのように二人の人物が出てきています。それは近代小説のように葛藤する登場人物たちですが、やはり『源氏』の後半の方からちょっと紫式部の筆に出てきている感じがしたんです。

瀬戸内さんご自身は『源氏』について、これはある種の出家小説のようなものではないかと仰っていましたけど、その紫式部の、だんだんもう浮世に嫌気がさしてきている感じはたしかに出ていますね。

瀬戸内 紫式部も出家したと思いますね。清少納言も和泉式部も、出家したってことがちゃんと文献に残ってるの。ただ、彼女だけがないんですよね。だから終わりがよくわからないんだけど、私は出家したと思います。そして最後に書いたのが「宇治十帖」だと思う。

平野 光源氏は結局あまり好きじゃないという話をされましたが、女性の登場人物でいうと、瀬戸内さんが心情的に最も共感して訳されたのは誰ですか。

瀬戸内 少女の頃は私、優等生でしょう(笑)。だから明石が好きだったの、頭がいいから。

平野 明石、やはり僕も好きですね。

瀬戸内 だけど結局、明石は出家していないんです、最後まで。幸せになるのね。だからまあどうでもよくなった。そうすると、浮舟は非常に小説として面白いけれど、浮舟自身はあんまり好きじゃない。何かこう流されていくでしょ?

平野 浮舟、まさにそうですね。

瀬戸内 誰が好きかな。

平野 紫の上はどうですか。

瀬戸内 うーん、あんまりね。でも、まあ全部が面白いですね。出てくる女が皆、面白い。

平野 『源氏』でいうと終わり方はどう思われますか。あれだけの大長編の最後の終わり方として。

瀬戸内 それはいろいろ問題があって、ちょうどあの頃、紫式部が脳溢血で死んだんじゃないかという説もある。それも考えられるよ、もう書けなかったから。

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hiranok 瀬戸内さんのインタヴュー、最終回ですー。 / (cakes(ケイクス)) #NewsPicks https://t.co/a16yt3seGl 2年以上前 replyretweetfavorite

bus_gasbusgas 瀬戸内寂聴「紫式部は何を書きたかったのか」|飯田橋文学会| 2年以上前 replyretweetfavorite