​瀬戸内寂聴「70歳からの『源氏物語』」

【第10回】95歳、ご活躍を続ける寂聴さん。70歳になって、いよいよ『源氏物語』の現代語訳に取り組みます。「光源氏は嫌い(笑)」という寂聴さんですが、『源氏物語』の何に惹かれたのでしょうか。(聞き手・平野啓一郎) 
 ※本インタヴューでは自身が代表作を3点選び、それらを軸に創作活動の歴史を語ります。『夏の終り』(1963)、『美は乱調にあり』(66)と『諧調は偽りなり』(84)の一組、『源氏物語』現代語訳(98)。

70歳からの『源氏物語』

平野啓一郎(以下、平野) いよいよ最後の『源氏物語』の現代語訳の話に移りたいと思うんですが、『諧調は偽りなり』を1984年に書かれて、その後もたくさんお仕事をされていて、90年代になって『源氏物語』に取り組まれています。

瀬戸内寂聴(以下、瀬戸内) 70歳から『源氏物語』。

平野 92年ですかね、『源氏物語』に取り組まれますけれども、これはもともと、どういった事情で、「よし、これをこの先の仕事にしよう」と決められたんでしょう?

瀬戸内 それは自分は小説を書いてきて、振り返ってみたら、どうして千年前にあんな面白い小説が書けたか、もうすごいと思ったんです。日本はあまり誇るものがないけど、文学は世界に誇れると思ったの。難しいから本文がなかなか読み切れなかったけれども、やっぱり最高だと。

古くないんですね。いま読んでも非常に新しい、書いていることが。ほんとうの文学は、時代がいくら進んでも新しいってことがわかったの。それで、『源氏物語』は日本の国民がもっと読むべきだと思ったから、誰でも読める、易しいものを書きたいと思った。

だってもう、文豪たちが書いているんです。与謝野晶子さん、谷崎潤一郎さん、円地文子さん。円地さんが『源氏』を書いていたときは、私がいたマンションに仕事場を持っていたんです。「先生、どうしてここへいらっしゃるの」って聞いたの。私は不便なの、円地さんに来られたら。男が通って来てたし(笑)。

そしたら「あなたがいるからよ」と言うの。要するに、私にいろいろ手伝わせようと思ったのね。それで、円地さんはほんとに一所懸命書いている、もう目の前でそれを見ていましたから。これは円地さんが生きている間は、私は『源氏』を書けないなと思って。円地さんは、もうやきもち焼きだから大変なの。

『源氏物語』 全10巻(現代語訳、講談社、1997-98年/講談社文庫、2007年)

それから、川端康成さんがほんとに書いていたんですよ。あるとき、私、京都のホテルにいるとき呼ばれて、「部屋にいらっしゃい」と言うので。そんなことめったにないので、行きました。そしたら、ベッドの横に机があって、源氏物語古注が何冊か置いてあって、そこにもうすでに原稿用紙の3分の1ぐらい何か字が書いてあるんです。

遠くから見ていたんだけど、私はもうすでに勉強していたので、その古注を全部買っていたんですよ。だから「あっ」と思って、「先生、『源氏』をなさるんですか」と思わず言ったら、「もう、どうしてもやってくれって出版社が言って、断りきれなくてね」と言ったの。

それで、「わあ、すごいな」と思った。ちょっと川端さんの『源氏』って読みたいじゃない。これは面白いなと思って東京へ帰ったら、円地さんに呼ばれて、「あなた、川端さんが『源氏』やってるって聞いた?」と言うから、「いや、知りません」と恐ろしいから言ったの。

そしたら「あんなね、ノーベル賞もらってね、甘やかされている人が『源氏』ができますか!」って。自分は『源氏』をするのにもう死に物狂いですと、こんなになって怒ってるの。それで「もし川端さんの『源氏』ができたら、私は素っ裸になって逆立ちして銀座を歩いてやるから!」と、そう言ったのよ。そのくらいご自分の『源氏』に一所懸命だったの。

でも、私はそのときすでに『源氏』の訳をやっていたんです。円地さんが見ないような雑誌に『女人源氏物語』を書いた。それでずっと勉強してたの。

平野 実は1973年に瀬戸内さんは出家されていますが、その後でやはり『源氏』の印象は変わったというようなことがあるんでしょうか。

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