第25回】25 “自分ごと”にする力

溝口勇児(FiNC代表取締役社長CEO)

スマホを使い健康管理を徹底支援 幼少期から母親と2歳年下の妹との3人暮らしだった。日中、母は働きに出ており、溝口勇児が起きている時間に帰宅することはめったになかった。

みぞぐち・ゆうじ(32歳)/高校在学中からトレーナーとして活動。数百人ものアスリートや著名人の体づくりに携わる。コンサルタントとしても、新規事業立ち上げや業績不振企業の再建を担い、2012年4月にFiNCを創業。一般社団法人アンチエイジング学会理事。

 妹の面倒は自分が見なければならない。4歳ごろから、「家庭を支える大黒柱は自分なのだ」という責任感が芽生えたといい、その感情が自らの原点になっている。

 小学生時代で思い出すのは、机の上に置かれた千円札。妹との1週間分の生活費だった。朝食は食べず、昼は学校で給食が出る。夕食代のやりくりに頭を悩ませていた。

 安く済ませるため、近所のスーパーによく足を運んだ。肉や卵、豆腐、納豆などが何円だと安いのかという感覚を身に付け、1週間の支出計画を立てることも自分の役割だった。

 「おいしくて、食費が浮く」とよく作ったのがスパゲティだ。麺をゆで、マヨネーズやお茶漬けのもとをかけて食べた。お茶漬けのもとは1袋を3回に分けて使った。「どうすれば家計に負担なく、生活ができるのか」。こんなことばかり考えていた。

 普段はなかなか会えない母だったが、強く胸に刻まれた教えがある。

 「勇気とは、恐れを抱かないことではない。恐れを抱いても行動する度胸があることだ」

 言われたのは小学校高学年のときだ。友人2人と遊んでいたときに、高校生くらいの少年5人に恐喝された。ガキ大将だった溝口は抵抗するも、友人が目の前で5人に殴られて、動けなくなってしまう。

 友人の母親同士も仲が良かったために、「うちの子が血だらけで帰ってきた」という話は、すぐに溝口の母の耳に入った。「おまえはきれいな顔をしているな。友人を見捨てたのか」と、母に思い切り殴られた。

 母の言葉は続いた。勇気ある子供に育ってほしいから勇児と名付けたことを説明し、「相手に勝てるかどうかは関係がない。友人が殴られているのに見て見ぬふりをする子供に育てた覚えはない」と厳しく叱り、前出の言葉を告げた。

 そのときの胸の痛みを今も覚えていると振り返る溝口は、「苦しくても逃げずに、どうしたら乗り越えられるのかという感情を持ち続けることができた」と話す。

 幼少期に培った責任感と逃げない姿勢は、溝口の人生を切り開いた。

 高校時代、スポーツ好きだったことからトレーナーの道を志し、早期に経験を積もうとスポーツクラブに飛び込む。そこで社員のアルバイトに対する態度に不満を持ち、解決するためには社員になればいいと考えて、実際に社員になってしまう。

 ただ、一部の環境は社員になって改善できたものの、アルバイトの登用権限などは出世しないと得られない。ならば、スポーツクラブの支配人になればよいと考え、実行した。

 起業を選んだのも、場所と時間に制約があるスポーツクラブから一歩進め、スマートフォンを活用することで、より多くの人の健康の悩みを解決できると考えたからだ。

 「目の前の課題を“自分ごと”として捉える当事者意識は誰にも負けない。日本のヘルスケアの課題を解決するのは、他の誰でもない、この自分だ」という強い意志が、溝口を突き動かしている。

Photo by H.O.

※ 『週刊ダイヤモンド』2017年4月22日号より転載

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