瀬戸内寂聴「恋と革命」

【第8回】95歳、寂聴さんが自身の創作活動を振り返ります。代表作『夏の終り』の後、わずか3年で『美は乱調にあり』が刊行されます。婦人解放家でアナーキストの伊藤野枝を世に知らしめた傑作は、どのように生まれたのでしょうか。(聞き手・平野啓一郎) 
 ※本インタヴューでは自身が代表作を3点選び、創作活動の歴史を語ります。代表作は『夏の終り』(1963)、『美は乱調にあり』(66)と『諧調は偽りなり』(84)の一組、『源氏物語』現代語訳(98)。


『美は乱調にあり』『諧調は偽りなり』—評伝を書くということ

平野啓一郎(以下、平野) それでは、あとの二つの作品に移っていきたいと思います。この後、瀬戸内さんはどんどん小説を書き始めまして、『女徳』や『かの子撩乱』といった代表作を書かれていきます。そうして『夏の終り』からわずか3年で、『美は乱調にあり』を刊行されていて、これは驚くべきことだと思うんです。

というのは、『美は乱調にあり』も『諧調は偽りなり』も、非常に綿密に資料を読まれて、また、まだ生き残っておられる方にも取材されているのですが、たった3年間でよくこれだけの準備をされたと思うんですが。

『女徳』(新潮社、1963年/新潮文庫、68年)

『かの子撩乱』(講談社、1965年/講談社文庫、71年)


瀬戸内寂聴(以下、瀬戸内) 私はほら、昔から優等生でしょ(笑)。だから勉強好きなのね。だから調べることは、ちっとも嫌じゃないの。それと、これはこれからお書きになる人に言いたいんだけれど、何か誰かのことを書こうと決めるでしょ。そうすると、その人が、もう死んでいる人ならその人の魂が、必ずここで会うべき人、ここで読むべき本、それを持って来てくれる。これは私だけではないのよ。そういうものを書いている他の人も言っています。ほんとうに不思議に、とんでもないところでぱっとその資料が来たり、人物がいたりするの。

『美は乱調にあり—伊藤野枝と大杉栄』 (文藝春秋、1966年/岩波現代文庫、2017年)

平野 瀬戸内さんは『青鞜』という雑誌の周辺にいる女性作家たちの評伝を、かなりしっかりと何作も費やして書かれていますけど、『青鞜』の周辺の女流作家たちには、昔から関心を持っていたんですか。それとも『田村俊子』以降に、『青鞜』周辺の平塚らいてうとか伊藤野枝とかにも関心を持ち始めたのか。いつ頃から興味を持っていたんでしょうか。

瀬戸内 結局、自分が誤解されたでしょ。それで『田村俊子』を書いたでしょ。ちょうどあの頃だったんです。俊子はもう偉くなっちゃったから、すでに『青鞜』との関わり方も客員みたいでしたけど。それでも『青鞜』がちょっと気になって読み始めたら、ほんとに面白いんです。書いていることは下手くそだけど、彼女たちの精神がとてもよかったの。

でも、平塚らいてうは、私、会ってないんですよ。それは、「この人、会ったら書けない」と思ったの。だから強いて会わなかったんですよね。向こうは、「なんで瀬戸内さんは来ないんだろう」って言っていたらしい。

でも、あそこに出ている人たちは皆、素晴らしい人なんですね。幼いけれども、志がとても高いの。それで彼女たちのことを書いているうちに、そのなかにいた岡本かの子がやっぱり面白いから、かの子を書いた。そういうふうに自分が書いたものに導かれて、ずっと書いていったんですよね。

平野 瀬戸内さんの評伝の発展の仕方は、森鷗外の史伝とかにも少し似ているなと思うんです。鷗外も澁江抽齋を書いたら伊沢蘭軒が出てきて、伊沢蘭軒について書くと今度は北条霞亭が出てきて、北条霞亭についても書く。それから細木香以とかいろいろな人たちが出てきて、鷗外の時代はまだ生き残っていた親戚がいたから、細木香以について書いたら、芥川龍之介が実は親戚でしたというように、こう、いろいろなことを教えてくれたというんですね。

瀬戸内 平野さんは、私と三島由紀夫もそうだけど、漱石より鷗外が好きなのよね。

平野 そうです。だから、瀬戸内さんの評伝作を読んでいたときに、鷗外の史伝を思い出したんです。特に史伝を意識したというわけではなかったんですか。

瀬戸内 いや、鷗外の小説、とても面白いけど、史伝は何か難しいよね。終わりになるほど難しい。

平野 はい。では直接影響を受けたというわけではなかったんですね。

瀬戸内 その影響は受けてない。

平野 では、評伝を書く上でモデルにした作品とか、文体のイメージといったものはあったのですか。

瀬戸内 文体のイメージもなければ、こういうものを書こうというのもないんだけど、本当におかしな言い方だけど、私が書こうと思った人の魂がいろいろ連れて行ってくれるんです、資料を持って来てくれたり。それは不思議。それでだんだんわかっていくの。だから面白かったですよ。

恋と革命

平野 甘粕事件自体については、関心を早くから持たれていたんですか。

瀬戸内 甘粕正彦って、ひどくハンサムだったけど。私、ハンサム好きだからね(笑)。「ああ、どんな人だろうな」と思ってた。でも、ずっと書いていってわかった、やっぱり利用されたの、甘粕はかわいそうですよね。軍に「そうしろ」と言われてして、結局、軍は体裁が悪いから、甘粕を一応は牢に入れるでしょ。

だけど、軍としてはそれはひどいから、奥さんをもらわせてパリへやるんですね。で、パリでちっとも困らない生活をして、そこから満州に行くんです。それであの人の道が開けるの。誰かが最近、甘粕の親類だって言った人がいた。何かいっぱいいるんですよ。

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現代作家アーカイヴ1: 自身の創作活動を語る

高橋 源一郎,古井 由吉,瀬戸内 寂聴,平野 啓一郎,飯田橋文学会
東京大学出版会
2017-11-11

この連載について

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現代作家アーカイヴ~自身の創作活動を語る

飯田橋文学会

高橋源一郎さん、瀬戸内寂聴さん、谷川俊太郎さん、横尾忠則さん…小説家・詩人・美術家の人たちは何を生み出してきたか? 自身が代表作を3作選び、それらを軸として創作活動の歴史を振り返ります。創作の極意、転機となった出来事、これからの話ーー...もっと読む

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hiranok 『青鞜』周辺の女性作家に取材した (cakes(ケイクス)) https://t.co/uBlAUWolI0 #NewsPicks 2年以上前 replyretweetfavorite