瀬戸内寂聴「愛そのものへ」

【第7回】95歳、ご活躍を続ける寂聴さん。代表作『夏の終り』では、自身の体験と重なる部分が語られています。不倫をして家を飛び出した後、残してきた子どもに会いにいく――そこには何か書かなければいけないことがあったのでしょうか。(聞き手・平野啓一郎) 
 ※本インタヴューでは自身が代表作を3点選び、創作活動の歴史を語ります。『夏の終り』『美は乱調にあり』『諧調は偽りなり』の一組、『源氏物語』現代語訳

愛そのものへ

平野啓一郎(以下、平野) 前の『花芯』では、自分のなかでどうしようもないものが性欲ということで捉えられていましたが、『夏の終り』ではもう一段それが深まって、愛そのものという形に変っています。つまり、人間がある果たすべき役割、社会的な役割みたいなところに収まりきれないものが、性欲以上の愛自体の問題として捉え直されていて、しかも『花芯』という作品では風変わりな人をモデルにしているのが、今度は作者が自分自身の問題として捉え直して描いていると受け取りました。

そのなかですごく印象的なのが、連作のなかの「雉子(きぎす)」という作品で、ここだけは主人公の名前が変えられていて、設定もちょっと変えて、子どものことにかなり焦点を当てて書かれています。瀬戸内さんご自身の体験としても語られていたその作品だけは、作者のなかの心理的に複雑なものがもう一段深く出ているような感想を抱きました。

子どもに会いに行ったら、「お母さんはもう死にました」と言われたというようなことも、小説のなかに織り込まれていますね。やはりこの『夏の終り』を書くときに、子どもについての作品は何か書かなければいけないというようなことだったのでしょうか。

瀬戸内寂聴(以下、瀬戸内) そう。私はいま93歳ですよね。もう間もなく死ぬと思うけど、自分のこれまでの生涯は、いろんなつまらない、馬鹿なことをしたけど、自分で選んでしたことはすべて、後悔はしてないのね。だからまあ、私としてはいい生涯だったと思うんですよ。

ただ一つ、やっぱり子どもを捨てたってことは、これは許されないわね。自分に対してもそれは許せない。だから、そのことはまだちゃんと書いてないんですね。「書いてくれるな」って言うから。

平野 娘さんが、そう仰るのですね。

瀬戸内 うん。だけど、それだけね、後悔は。いろいろ身の上相談を聞いていると、男ができて出て行きたいなんていう人がいっぱいいます。同じようなの。それで「子どもさんはどうするの?」と言ったら、それで悩んでいるって。そういうときは、「子どもは連れて行かないと絶対あとで後悔するよ」と言うんですけどね。

でも、いまの若い人たちはもう、そういうときは必ず子どもを連れて出ていますね。うちに10人くらい女の人が集まったので、「離婚した人?」と聞いたら、全員手を挙げるの。なかに、両手を挙げる人もいて、二度という意味(笑)。それで「子どもは?」と言ったら、「全部連れてますよ」と言うの。それを聞いて、時代が変わったなと思った。

私は子どもを連れていたらやっていけなかった、食べられなかった。だから最後に置いてきましたけどね。やっぱり連れて出るべきだった。

「あふれるもの」—批評家の反応

平野 せっかくなので自作を朗読していただけないかと思うのですが、『夏の終り』のなかで、瀬戸内さんご自身がここぞというところをお願いします。

瀬戸内 そう言われて、どこがいいかと思っていろいろ悩んだんです。

平野 瀬戸内さんはメディアにもたくさん出ていますけど、自作を朗読されているシーンを、僕も長いお付き合いですけど拝見したことがなかったんで。

瀬戸内 いや、下手くそ、もう徳島弁ですからね。この『夏の終り』の最初に、「あふれるもの」というのがあります。これは直木賞候補になったの、くれなかったけどね。このなかの初めの部分、書いたときに私はそんなこと思わなかったけれど、批評家たちがびっくりするほど褒めてくれたんです。

平野 はい、お願いします。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

珠玉のインタヴュー集、かつ良質なブックガイド

現代作家アーカイヴ1: 自身の創作活動を語る

高橋 源一郎,古井 由吉,瀬戸内 寂聴,平野 啓一郎,飯田橋文学会
東京大学出版会
2017-11-11

この連載について

初回を読む
現代作家アーカイヴ~自身の創作活動を語る

飯田橋文学会

高橋源一郎さん、瀬戸内寂聴さん、谷川俊太郎さん、横尾忠則さん…小説家・詩人・美術家の人たちは何を生み出してきたか? 自身が代表作を3作選び、それらを軸として創作活動の歴史を振り返ります。創作の極意、転機となった出来事、これからの話ーー...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

saya_saaya 「夏の終わり」の一番好きな箇所が抜粋されてた。 隙間時間に突然一瞬だけ逢いに行くシーン、恋してる感じが出てる。 2年以上前 replyretweetfavorite