もしも家族が脳死になったら、何ができるだろうか?

日本で行われる脳死臓器移植件数は、欧米の約八十分の一といわれ(2015年)、心臓や肝臓の移植を受ければ助かる人が、毎年約1千人も亡くなっています。しかし、脳死を認めなければ移植手術をすることはできません。残された家族は脳死をどのように受け止めればよいのでしょうか。「脳死」=「人の死」なのでしょうか? 医療小説家・久坂部羊さんの新書『カラダはすごい!』から、脳死について問いかけるエッセイを公開。

動く脳死患者

2009年7月、改正臓器移植法が可決され、日本でも脳死が法律上は人の死ということになりました。これは臓器移植を行うために、半ば無理やり法律化されたもので、心情的には未だ納得できない人も多いでしょう。

脳死とは、要するに身体は生きているが、脳は死んでいる状態のことです。もう少し正確にいうと、「脳幹を含む全脳死」と定義されます。脳幹には先に述べた通り、呼吸中枢があるので、脳幹が死ぬと呼吸ができません。ですから、人工呼吸が必要になります。

脳死とよく似たものに「植物状態」がありますが、これは大脳は死んでいるけれど、脳幹は生きている状態のことです。意識はありませんが、脳幹が生きているので、自分で呼吸できます。水と栄養を与えれば生きられるという意味で、植物状態とよばれるのです。

以前は「植物人間」という言い方もありましたが、最近では差別語に当たるとして、メディア等では使われません。「あなたのご主人は植物人間です」などと言うと、「主人は植物人間なんかじゃない。ちゃんとした人間です」ということになりますから。


脳死の判定基準は、日本では《表‒7》の通りです。これを、脳死判定の経験のある医師二人以上によって行うことが必要とされます。

脳死になると、もうぜったいに助からないのでしょうか。

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久坂部 羊

ようこそ、ミステリアスな医療の世界へ――。本講座では、モーツァルト、レクター博士、手塚治虫、ドストエフスキー、芥川龍之介、ゴッホ、デビットボウイなど、文学や映画、芸術を切り口に人体の不思議を紐解いてゆきます。脳ミソを喰われても痛くない...もっと読む

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a_tocci 自分や家族の脳死は認めないが、自分や家族が病気になったら臓器移植を受けたいというダブルスタンダードだけは、厳に慎むべきでしょう。https://t.co/9l7tVv1qij 9ヶ月前 replyretweetfavorite