痛快ゼツボー通り

世の女性たちがなんとなく共有する、誰もが知るおじさん著名人たちへのファジーな嫌悪感の正体に迫る新連載「ニッポンのおじさん」。
新年一発目の第5回は、「名前のない女たち」シリーズをはじめ貧困、性、AV業界、介護などの社会問題に切り込むノンフィクションライター中村淳彦さん。
プロインタビュアー吉田豪さんとの比較を交えながら、意識高い系からは嫌われる「絶望おじさん」の存在を明かします。

女の不幸と社会の闇を書く男、中村淳彦

 女の涙と不幸を食い物にしているというとどうも、それで私腹を肥やして葉巻でも吸っている女衒の姿が思い浮かぶ。いきなりぶっちぎりの余談だが、豊田薫さんというスカトロ界のカリスマと言われるAV監督とお会いした時、もう何十年も風邪をひいていない、というツヤッツヤな肌をみて、やっぱ女優を極限まで辱めるスカトロを長年撮っていると、女がその場で失う何かを自然と吸収して、いやでも健康的になっていくのだろうか、と感心したことがある。

 社会の闇を暴くというとどうも、正義感に満ち溢れてタイの売春宿に踏み込む新聞記者の姿が思い浮かぶ。ヤクザに殴られ、売春婦には放っておいてくれと蹴っ飛ばされ、それでも闇を明るみに出すために突っ走って自殺、ってこれは「闇の子供たち」の江口洋介でした。

 さてしかし、確かに女の不幸をネタに飯を食い、社会の闇を暴いているにもかかわらず、中村淳彦という書き手は葉巻吸ってる感はゼロで、江口チックでも全くない。コソコソとアイコスを吸い、「俺なんて」とかブツブツ言って、なんだか知らないけどいつも割と暗い。彼はとても不思議な人だ。

 彼には結構敵がいる。最近映画化された「名前のない女たち」シリーズという企画AV女優へのインタビュー本が代表作とされているが、この本を親の仇のように憎んでいる人種というのが少なからずいて、フェミ意識が高めの会合などに間違って居合わせると、ほとんど踏み絵のように中村淳彦の悪口に同意を求められることもある。セックス界隈の人権派みたいな人たちは基本的に中村本のことが嫌いらしい。AV業界の中の人、外の人にかかわらず。

フェミ層から嫌われる「名前のない女たち」

 インタビュイーがインタビュアーを嫌うのはそんなに不思議ではない。取材というのは基本的に、対象者が「放っておいたら言わないこと」を言わせるためのものであって、言いたいことならこの時代、どうぞ勝手にブログでも開設して思う存分言ってくださいという感じなので、「言うはずじゃなかった」ことを言わされたり、自分がアピールしたい自分の姿ではない姿を描かれたりしたら、気に食わないと思うのは自然なことだ。それは新聞記者の端くれでマスゴミなんて括られていた私はよくわかる。

 ただ、「名前のない女たち」を嫌いなのは当然、登場する当事者たちだけではなく、AV女優だけでもなく、なんなら女だけでもない。そして向けられる批判を見ると、むやみやたらと不幸でドラマチックに脚色され、悲劇のヒロインのように仕立て上げている、見世物的で露悪的、そんなところだ。別に誹謗中傷というレベルではない。確かに「名前のない女たち」シリーズは暗くて悲惨で見世物的だ。

 例えば、インタビュー集ではなくAV強要問題を扱った新書『AV女優消滅』の中にもそう言った中村節の片鱗はある。

涙を浮かべながら、唇をかみしめる。話は終わった。現役時代に前向きでポジティブな超人気女優だった彼女は、渋谷でスカウトされた大学1年生のときの選択を心から後悔していた。

 彼の本でよく女の子たちは、涙を浮かべたり下を向いたり唇を噛んだりする。そのあたりの描写もよく、フェミ的な女子会では文句を言われる。

 そして、その闇に惹きつけられる人たちももちろんいる。ちなみに、彼の本が大好き、と堂々と言うのは実は女の子が多く、その中には、AV女優や風俗嬢も多い。私もAV女優時代から、「名前のない女たち」は読んでいたのだが、キャバ嬢や風俗嬢が多く出入りしていた私の部屋では、本棚の漫画以外の本が貸し出されることはあまりなかったのに、唯一中村本だけはキャバ嬢や風俗嬢がこぞって読み始め、そのまま借りていき、もちろん返してくれないので、修論を書いている時などはシリーズを何度も揃え直した。

 好きという子が必ずしも、ゴシップ的な意味で人の不幸を覗き見しているかと言うと実は結構違って、中村本が女の子を通じて見せる絶望的な景色に入り込み、迷子のようになって少し絶望して帰ってくるのだ。人の不幸が楽しいのなんて当然だが、本の愛好者はなぜか全然登場人物たちに同情する風はなく、痛快ではあるけどなんか凹む、といった気分になるらしい。

世界にどうしても希望を見出したい意識高い系

 私は彼に何度も会ったことがあるが、会うたびに基本的に彼は身近な出来事を通して世界に絶望している。ある意味、本のイメージがここまで壊れない書き手はすごい。何かに声を荒げるわけでも、怒って失礼な態度を取ってくるわけでもなく、ひたすら全体的に悲観している。

 彼は社会の暗い部分を明るいところから眺めるでもなく、正義という名の光を当ててみせるでもなく、社会の暗い部分を見たら素直に絶望し、女の子が抱える暗さが見えたらこれまた素直に一緒に暗くなるおじさんのようだ。そう考えると意識高い系風俗界隈の人々に彼が嫌悪されるのはよくわかる。夜・昼に関わらず、意識高い系の人の世界の把握というのは「世界は暗いこともあるかもしれないけど、明るいものは見出せる」あるいは「世界は決して暗くないし、僕たちが描くべき未来は明るい」であって、明るさを見出そうとしない絶望おじさんは、彼らにはさぞ禍々しく見えるだろう。

 そして当然、ある種の人々が惹きつけられるのは、みんながみんなそんなに意識が高くもなければ、希望を見出そうとする言葉が好きでもないからだ。

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ニッポンのおじさん

鈴木涼美

どこか物悲しく、憎めないおじさん。男にリスペクトされる好感度高い系おじさん。こじらせおじさん。新しい価値観で社会を斬るおじさん。そして日本社会を動かすおじさん。彼らはなぜ〈おじさん〉になってしまったのか。彼らの何が〈おじさん〉たる所以...もっと読む

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コメント

palop13a 中村淳彦評収集家としては勉強になってありがたいが、もしかすると中村淳彦評と見せかけたはあちゅう先生とヨッピー先生ディスなのかもしれない。 3ヶ月前 replyretweetfavorite

tommysoya うまくまとめているけど吉田豪まで引用しといて、中村淳彦の勝手に盛ったり事実誤認したり無許可で映画化そし… https://t.co/YDA13IUiLP 3ヶ月前 replyretweetfavorite

cbslg https://t.co/XobK1FUjuH 3ヶ月前 replyretweetfavorite

yap00s 鈴木涼美が、佐藤るりは「ゴミ女」と認定した豊田薫に恨み節からはじまってて、わらう。「中村淳彦のアンチは三流女優」とか涼美は言ってたはずだが、言ってることがどんどん変わってきてて、わらう。 https://t.co/TfEH2CXsm4 3ヶ月前 replyretweetfavorite