世界の見方を変える「観察」の実践 菅俊一×伊藤ガビン対談【第1回】

“アイデアの種は、あなたの日常の「小さな違和感」に隠れている”ーー。こんな帯文が目を引く書籍『観察の練習』(NUMABOOKS刊)は、21_21 DESIGN SIGHT「単位展」「アスリート展」などで展示のディレクションに携わり、多摩美術大学統合デザイン学科で教鞭をとる表現研究者・映像作家の菅俊一さんによる初の単著。
本のタイトルにもなっている「観察」とは、著者の菅さんにとって一体どのような行為なのでしょうか。そして「観察」を「練習」することは、私たちにとってどのような意味を持つのでしょうか? cakesでは、編集者の伊藤ガビンさんを聞き手に迎えて展開したトークイベントの模様を、全3回にわたってお届けします。

路上観察・考現学の系譜上にある「観察」

伊藤ガビン(以下、伊藤) 今日は、僕がどうして呼ばれたのかからお話したほうがいいですね……って、どうしてなんでしたっけ?

菅俊一(以下、菅) それは言ってなかったんですよね。ガビンさん、推測してみてもらえますか?

伊藤 はい。えーと多分、菅さんとは魂のレベルで無茶苦茶関係が深いんですよ。

菅 ソウルメイトみたいな感じですもんね。

伊藤 そうですね。そのまえに大前提として、この本『観察の練習』には、僕がやっている「MODERN FART」というサイトで菅さんに書いてもらった連載(「AA’=BB’」)のネタも入っているということがあります。

菅 はい。

伊藤 だけどそういう直接的な本への関わり以前に……まず、菅さんの師匠が偉大な佐藤雅彦さんだというのは皆さんご存知ですよね。僕は90年代初頭に藤幡正樹さんっていうアーティストのアシスタントを1年やっていたんです。その藤幡さんと佐藤さんは、マブダチ以上のソウルメイトなんですよ。

菅 そうなんですよね。

伊藤 佐藤さんが電通でまだセールスプロモーションかなんかの仕事されている時、つまりいわゆるクリエイティブ職じゃなかった時に、藤幡さんが佐藤さんに送ってもらった年賀状のグラフィックが美しすぎて、それで展覧会のポスターを依頼した、なんていう美しい話があるんですよ。  
 だから何が言いたいかというと、菅さんと僕は、師匠がマブダチということで、親戚に例えるといとこみたいなそういう感情があるんですよね。だから今日は僕が呼ばれたんですよね?

菅 大体そういう感じですかね。

伊藤 たぶん、ちがうような気がしてきましたが、まあ、とにかく、菅さんと僕の関係は一筋縄じゃいかない関係なんですよ。  
 えーとまず……この本がどういう本なのか、まだわかってない人もたくさんいそうなので説明していきましょうか。まずこれを見てください。今日のために作った、“読み込んだ風”のしおりです。


写真:齋藤あきこ

菅 いいですね〜。取材のときには必須な感じがしますね。

伊藤 そうそう。「明日取材!」なんて決まっちゃったときに、さっと差し込めばものすごい読み込んだ体になります。

菅 それだけで安心ですね(笑)。

伊藤 でも僕は菅さんの本、ちゃんと読みましたけどね(笑)。この付箋ついている風のしおりがどうこの本に関係するのかというと、特に関係ないんですけども。むりくり言うならば、読み込んでる本を観察した結果、付箋がいっぱいついてたのでやってみたみたいな話なんですけど。 それはそれとして……本の中身の話をしないとですね。それではこの本をライブでブックレビューしてみていいですか?

菅 お願いします。

伊藤 この本は一体何なのかをちょっと考えたんです。まず、うかつに言いたくなるのは“路上観察/考現学”の流れに属するものだということ。考現学というのは、今和次郎が言い始めた「考古学」の現代バージョンのことですね。考現学は、単純に分けると2つのパターンに分けられると思うんですね。  
 1つは、例えば今和次郎は銀座の街角で、女の人がどんな服装で歩いているかを集計してたりするんだけど、そういう、今でいうとデータアナリティックス的なアプローチです。現代を数字で見るということですね。  
 もう1つは、ストリートをじっと見ていく路上観察です。今和次郎さんはもともと建築分野の人なので、東北の民家を研究している本(『日本の民家』)が有名。そこには東北の普通の民家がどういうふうにデザインされているかが語られているんです。他には、関東大震災の後にできたバラック建築のスケッチをいっぱいやっていたり。

菅 はい、存じてます。

伊藤 で、その民家とかバラック建築って何かというと、デザイナー不在でできる「アノニマスデザイン」なんですよ。路上観察というのは、いわばアノニマスデザインをピックアップしていくことでもある。  
 その後には赤瀬川原平さんが「トマソン」という概念を発明しました。街の中にある、無用の長物を芸術として見立てるもの。登って降りるだけのどこにもつながっていない階段のようなものを、「超芸術トマソン」と名づけました。それが80年代初頭くらいで、そのあたりで路上観察のブームが来ます。

菅 路上観察、ありました。

伊藤 路上観察のブームが来て、「路上観察学会」ができました。学会って名乗っているだけで学会ではないんだけど。例えばマンホールの蓋の写真集出していた林丈二さん、漫画家のとり・みきさんが「オジギビト」と言って、工事の現場でお辞儀をしている人の絵を集めたり。そして今では有名建築家の藤森照信さんとかがメンバーでね。そういった路上観察ブームがあったんです。当時学生だった僕も、赤瀬川さんのトマソンのワークショップに行きましたよ。何回かの連続ワークショプで、参加者もみんなトマソン探して写真撮ってきてね。僕が撮ったものは、むかしあった通路にフェンスができてアクセスできなくなってるようなやつとか。たまたまなんだけどフェンス越しに向こう側にあるみたいなやつばっかりで。

菅 それがツボに入ったんですかね。

伊藤 そのとき赤瀬川さんに「君は透かしタイプの専門家だね」みたいなことを言われてなんか嬉しかったですね。で、そういう目でみると、トマソンがどんどん目に入ってくるんですよね。最終的には、外壁と門だけあって向こう側になにもないすごいトマソンを見つけた! って騒いでたら「これはただの空き地ですね」とか赤瀬川さんに言われまして。なんでもトマソンに見えちゃうモードで。

菅 確かに、一度入っちゃうと何でもそう見えちゃうモードってありますね。

スキルとしての路上観察

伊藤 なんでこの話をしたかというと、やっぱり菅さんの本を見てると真似したくなるっていうか、自分で見立てをしていきたくなるんですよ。  
 例えば藤森照信さんは、建築史が専門だからあたりまえっちゃあたりまえだけど、路上観察で明治時代の建築とかをずーっと観察してきたわけで、その蓄積ってすごいですよね。それはスキルを積む場として路上観察がうまく働いたっていうことだと思うんですよ。

菅 スキルとしての路上観察ですね。

伊藤 路上観察のあと、こういう町中での観察がエンタメとして広く共有されるようになったと思うんですよ。宝島社がやってたVOW(Voice Of Wonderland/読者投稿のおもしろネタ発見コーナー)とか。町中でへんなものを見つけては写真に撮って投稿するというね。VOWがすごく流行った時代はタイミング的に写ルンですが発売されたり、写真を撮ることがすごく簡単なものになっていった時期。そういう要因が重なって、コモディティ化していくんです。その後に携帯電話にカメラがついて、SNSが出てきて……。改めて路上考現学のような路上観察をする人が日常のレベルでは増えたのに、筋道を立ててやるって人は減ったというか、ちょっと違うモードに入りました。

菅 それはよくわかります。

伊藤 そのあたりを踏まえると、“観察の練習”は路上観察に非常に近くて、路上観察がそれを行う人がそれぞれ別のモチーフを持っていたように、“観察の練習”も人それぞれ自分のモチーフを持ちうる。だから、へんな言い方かもしれないけれど菅さんの書いた“観察の練習”という本の内容って、“菅さんの観察の練習”なんですよね。扱っている内容が、菅さんの興味のある、デザインとか問題解決にフォーカスされている。藤本ANI健太郎さんの『タイポさんぽ』という、街中でタイポグラフィを見つけたときにそこからどういう発想でこのタイポが生まれたかを延々語っていく本があるけれど、あれも路上観察の本でもあるけれど、“観察の練習”の本ですよ、って言えばそう見えなくもない。奇しくもあの本も、1枚の写真と見開きのフォーマットだったりします。

菅 そのフォーマットの共通点は意識していなかったですね。

伊藤 この本の言う“練習”の面白さっては2つあって。1つはデザイン的なアプローチや問題解決に関することの観察の練習。そこに、菅さんの興味そのものがすごく如実に出てる。菅さんの日々の“練習”を垣間見れる面白さですね。
 もう1つ、この本がすごく面白いのは、筋トレ本としての面白さ。「こういうふうに練習すると誰でもこういう感覚が身につく」ということを啓蒙している。観察界の武井壮ですよ。

菅 そんなアスリートみたいに言われても(笑)。この本はもともと、外に出すわけでもなくやってきたことを集めたものです。僕はデザインや問題解決を生業にしていますが、一流の問題解決者になるために何が必要かということを昔から考えていたんです。才能や能力に対しての疑問やコンプレックスもありますし、普通の人でもどうすればいい仕事ができて、きちんと社会に貢献できるのかを考えている。

伊藤 それ完全に教育者に向いてますね。

菅 一般的に学問の学び方で有効なのは、モデルケースを学ぶこと。そもそも、世の中にあるものって、基本的に誰かが作ったものですから。今、手元にあるプラスチックカップだって、この形にするためのいろんな試行錯誤があって誰かが意思決定をしている。あらゆる物事は、誰かの意思と多くの判断の集積で形作られているんです。  
 だったら、そのメカニズムを紐解いていくことができると学びになるというか、事例が集まると思ったんですよ。そんな事例はどこにも言語化されていないので、あくまで仮説を立てて自分が納得できる結論を付けていた。それをずっと繰り返していたんです。意味があるとかないとか、そんなことは考えなかった。

伊藤 真面目じゃないですか。

菅 真面目なんですよ。

「観察」のスタートは高校生のとき

伊藤 すごい野球選手ほど素振りとかの基礎練習を延々やったりするのに近い感じがします。彼らは子供の頃からずっと素振りをやってきたと思うんですが、菅さんは、いつくらいからそんなことを始めたんですか?

菅 “気づく”こと自体は高校生くらいから始まりました。当時は音楽をやってていて、どうすれば音楽家として、作曲家として優秀になれるかを考えていたんです。理論以外に、聴くことも研究した方がいいんじゃないかと思って、高3のときに『サウンド・エデュケーション』(R・マリー・シェーファー)という本を読みました。

伊藤 真面目ですね。

菅 結構真面目です。マリー・シェーファーは「サウンドスケープ」という音を風景という観念で捉える概念を提唱した作曲家なんですが、この本にはどうやって音への感受性を高めるかという、ある種のレッスンがワークショップ的に書かれていました。その冒頭に書かれていた「今、目を閉じて鳴っている音をすべて聞いて書き出してみなさい」ということを、本を買った帰りの電車でやってみたら、いろいろ聴こえてきたんですね。

伊藤 いろいろな音が。

菅 僕らは、普段耳に入ってきているはずの大量のノイズを無視しています。でも意識のスイッチを入れた途端、いろいろな音が聞こえてくる。そのシフトチェンジというか、頭のモードが変わることが面白かった。そんなことをずっと考えて筋トレをしていました。

伊藤 音楽からこういう方向に行こうと思ったのはどうしてですか?

菅 大学に入ってからですね。大学に入ってからも、コンピューターのプログラミングで音楽を作っていました。音は空気の振動なので、基本的には波の集合として数式で書けるんです。そうやって音が表現できるということは、新しい仕組みやシステムを学べば新しい音楽が作れるんじゃないかと思って、遺伝子のメカニズムとか酵素反応の数理モデルとか社会システムとかいろいろなことを学んで音楽に応用しようとしてました。

伊藤 そんなことをやってたんですか。

菅 表現にも興味がずっとあって、高校生の頃から開館したばかりのICC(NTTインターコミュニケーション・センター)に通ったりして、メディアアートを見たりもしてました。でも、音楽では食っていけないなと思って、他のこともやってみようと佐藤雅彦研究室の試験を受けたら受かったので、そこから映像を意識しました。  
 そういえば僕、もともと藤幡先生に教わりたいと思ってSFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)に入ったのに、入学したらその春からもう藤幡先生は藝大に移られていなかったんですよね……だいたいそういう重要な情報って、入学後に明らかにされるんですが(笑)。それで結果として後任として着任された佐藤先生の研究室に入ったわけですが、そこで行われていた映像の作り方と、僕が考えててきたことが割と近いなと思って。

伊藤 佐藤さんも、そもそも数学(算数・数学教育専攻)出身だもんね。

菅 だから入ったときに「ここが自分の居場所なんだな」って思ったというのはありましたね。

(2/3に続く)

※本記事は、2017年12月7日(木)に本屋B&Bで行われた「菅俊一・伊藤ガビンの観察ナイト」の内容を一部採録したものです。

取材・構成:齋藤あきこ
編集:後藤知佳(NUMABOOKS)

菅俊一(すげ・しゅんいち)
表現研究者/映像作家 多摩美術大学美術学部統合デザイン学科専任講師 1980年東京都生まれ。人間の知覚能力に基づく新しい表現を研究・開発し、さまざまなメディアを用いて社会に提案することを活動の主軸としている。主な仕事に、NHKEテレ「2355/0655」ID映像、21_21 DESIGN SIGHT「単位展」コンセプトリサーチ、21_21 DESIGN SIGHT「アスリート展」展示ディレクター。著書に『差分』(共著・美術出版社、2009年)、『まなざし』(ボイジャー、2014年)、『行動経済学まんが ヘンテコノミクス』(共著・マガジンハウス、2017年)。主な受賞にD&AD Yellow Pencil など。http://syunichisuge.com

伊藤ガビン(いとう・がびん)
編集者 神奈川県生まれ。ウェブや本の編集の他、映像制作、展覧会プロデュースなど。女子美術大学短期大学部教授 マンバ通信編集長。http://magazine.manba.co.jp


【青山ブックセンター本店で 菅俊一 × 伊藤亜紗 トークイベント開催!】
『観察の練習』(NUMABOOKS) 刊行記念
菅俊一 × 伊藤亜紗 トークイベント


◎日時:2018年2月24日 (土) 14:00~15:30 (開場 13:30~)
◎料金:1,350円(税込)
◎定員:110名様
◎会場:青山ブックセンター本店 大教室
◎お問合せ先:青山ブックセンター 本店
 電話 03-5485-5511 受付時間 10:00~22:00
◎お申し込み:http://www.aoyamabc.jp/event/observation/

駅やオフィス、街や家の中で出くわす、小さな違和感。
あるいは、市井の人々が生み出すささやかな工夫や発明のようなもの。 著者・菅俊一氏が日々収集し続けている数多の「観察」の事例を読み解く 思考の追体験をしていくコラム集『観察の練習』。
その刊行を記念して、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院・伊藤亜紗さんをお相手に迎え、トークイベントを開催します。
伊藤さんは、視覚障害者の方を取材して執筆した 『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社)をはじめとした著書で、 多くの人が当たり前としている知覚とそれらが構成する世界に揺さぶりをかけ、 別角度からの世界の感じ方を探求し、私たちに提示してくれる研究者です。
世界を知覚するための前提条件が変わってくると、 「観察」という行為はどのように変化していくのでしょうか? そして、視覚情報からの「観察」の事例が大半を占める本書『観察の練習』を、 伊藤さんはどのように読まれたのでしょうか?
世界をさまざまな視点から見ているお二人による、貴重な対談をお届けします。

アイデアの種は、あなたの日常の「小さな違和感」に隠れている――。

観察の練習

菅 俊一
NUMABOOKS
2017-12-05

この連載について

観察の練習

菅俊一

“アイデアの種は、あなたの日常の「小さな違和感」に隠れている”ーー。 こんな帯文が目を引く書籍『観察の練習』(NUMABOOKS刊)は、21_21 DESIGN SIGHT「単位展」「アスリート展」などで展示のディレクションに携わり...もっと読む

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osatou10ktai https://t.co/R6xqF8aUNH 1年以上前 replyretweetfavorite

luckyyjp これ行けなかったので有難い。 https://t.co/9hWd47acPs 2年弱前 replyretweetfavorite

makimakichiyo はっとさせられる事が多かったこのトークショー、すごく勉強になりました。 2年弱前 replyretweetfavorite

junnama0218 https://t.co/SBZxhUQJMf 2年弱前 replyretweetfavorite