運命の歯車は”大炎上”で動き出す―星野監督との“キャッチボール”

プロ野球選手として結果を出せず、クビばかりを恐れていた若手時代――。プロ入りから4年間、ピクリとも動かなかった運命の歯車は、師の「一言」をきっかけとして、ある日突然回り始めます。2018年1月、数多くの野球人とファンに惜しまれつつ永眠した星野仙一さんと山本昌青年の魂の“キャッチボール”からひも解く笑顔の習慣。

鬼より怖いあの人の"洗礼"

ぼくの若手時代、野球界はいまよりずっと厳しかった。特に当時のドラゴンズの監督は、鬼より怖い星野仙一さん。チームメイトの中では立浪和義さんくらいだろう、星野さんの強烈な洗礼を浴びなかったのは。

もちろんぼくも、星野さんにこってり絞られた経験には事欠かない。その中でも思い出すのはプロ入り5年目、1988年春のキャンプでのことだ。

あのころのぼくは、「今年ダメならクビだ」という強い危機感を抱いていた。それはそうだ。過去4年で一軍公式戦のマウンドに立ったのはわずか4度、それも投げれば打たれの繰り返しで通算防御率は19点台という信じられない数字だった。こんな投手に、よくもまあ5年目のチャンスが与えられたものだと我ながら思う。

さて、背水の陣で臨んだキャンプでぼくは死ぬほどがんばった。そのご褒美だったのだろうか、星野さんはオープン戦の開幕投手にぼくを指名してくれた。

「ここでやらなきゃいつやる!!」

ぼくは奮い立ってマウンドに向かった。ところが……。

気負いすぎだったのだろうか。炎上も炎上、初回7失点と大炎上したのだ。「もう終わった……」と呆然としているぼくに向かって、星野さんはいった。

「死ぬまで走っとけ」

トラック100周・延々4時間…その後まさかの"お招き"が…

星野さんに走れといわれたら、走るしかない。ぼくは走った。試合後の4時ごろから、400メートルトラックを延々走った。マネージャーに「もう上がれ」といわれたのは、陽もとっぷりと暮れた8時過ぎだったと思う。100周以上は走っただろう。

大きく肩で息をするぼくに、マネージャーはいった。

「これから監督室に行ってくれ」

ぼくは耳を疑った。試合でKOされただけでも大ショックなのに、そこから延々走らされて、さらに怒られるのか。そんなことなら死んだ方がマシだとさえ思った。

監督室の前に来たぼくは、ドアの前で関取がやるようにバチバチと顔を叩き、大きく深呼吸してノックした。

「おう、入れ」

監督室には満面の笑みをたたえた星野監督が…

腹をくくってドアを開けると、そこには気持ち悪いくらいの笑みをたたえた星野さんがいた。このときの会話はよく憶えている。

「お前、今年どうすんだ?」

「一軍で投げたいです」

「そうか。じゃあ、アメリカに連れて行ってやる」

それを聞いた瞬間、有頂天になった。この年、ドラゴンズは二次キャンプをアメリカでやることになっていた。帯同するのは一軍だけ。そう、ぼくは一軍に選ばれたのだ。

7失点の大炎上左腕は、絞られるどころか、一軍切符を約束されたのだ。

だが、喜びも束の間だった。監督は続けてこういったのだ。

「で、アメリカには連れて行くが、11月まで向こうでがんばれよ」

「……」

ぼくは言葉を失った。どうやらドジャースとの間で交換留学のような制度が始まり、今年から若手数人がドジャース傘下でプレーすることになるという。そのひとりとしてぼくに白羽の矢が立ったらしい。

一軍に帯同できるのは嬉しいが、それではどれだけがんばっても日本で登板するチャンスはないではないか。こっちはもう崖っぷちのつもりでいるというのに……。

有頂天が一転、ぼくは失意の底に叩き落とされた。アメリカに向かうぼくは、間違いなく浮かない顔をしていたはずだ。

失敗の中にも、よかったことはあるものだ

ついつい昔話が長くなってしまったが、ぼくが伝えたいのは、最悪だと思う経験にも、希望の芽はあるということだ。

現実に、「俺のプロ野球人生もこれで終わりか……」と暗澹(あんたん)たる気持ちになった、このアメリカ留学からぼくの出世街道は始まることになる。

ぼくは講演会で、7失点の大炎上から始まる濃密すぎる一日について、しばしばしゃべる。これがありがたいことにウケる。成功談よりも、むしろKOされたり、失敗したエピソードの方が断然ウケがいい。

そんなことが遅まきながらわかった、いまだからこそいえる。

どんな失敗の中にも、よかったことはあるものだ。少なくとも失敗から学ぶことができるし、笑い話のネタができたと思えばいいだろう。魅力的な人は大抵、面白い失敗談をひとつやふたつ持っているものだ。

「ああ、これでまた面白い人間になっちゃったな」

なにかで失敗したら、そう考えるようにしている。無理にでも笑っていれば、いずれ元は取れるだろう。

セカンドキャリアを楽しむためには、ちょっとの努力とコツがいる

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山本昌の楽しいセカンドキャリア講座|笑顔の習慣34

山本 昌

第二の人生は現役時代より忙しい――。50歳でのプロ野球界引退後、現在は野球解説者、コメンテーターとして引っ張りだこの山本昌さん。「マイナス思考の塊だった」という彼の人生を変えたのは、たった1つの習慣だった⁉ 仕事と趣味の2つの視点でセ...もっと読む

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コメント

15tei 魅力的な人は大抵、面白い失敗談をひとつやふたつ持っているものだ。 その通りです。 https://t.co/rHIDcah0WN 4日前 replyretweetfavorite

greenblue6960 >鬼より怖い星野仙一さん。チームメイトの中では立浪和義さんくら… https://t.co/hVZelSRNgK 4日前 replyretweetfavorite

yamamoto34masa 「笑顔の習慣34」の記念連載です。 今回は私の野球人生の転機にもなった 星野監督とのエピソードをお話しています。 是非、見てください! https://t.co/upH9V2s13y 4日前 replyretweetfavorite