日本スゴイ」で売れた明治の少年雑誌

不道徳なお母さんライターが、日本の「道徳教育」のタブーに踏み込み、軽やかに、完膚なきまでに解体! まずは、明治時代までさかのぼり、日本における「読書」と「道徳」の関係をさぐります。ときは日清戦争真っただ中、「日本スゴイ」を連発する愛国尽くしの少年誌に思いっきり影響された少年たちは、さてどうなった……? 今回も必読です!

娯楽少年誌の先駆け『少年世界』

1895(明治28)年、博文館はベストセラー児童文学作家・巌谷小波を主筆として迎え、少年向け娯楽読物雑誌『少年世界』を創刊する。「娯楽の間に良徳を養い、愉快の裡に明智を得せしむべし」と堂々エンタメ路線を打ち出した同誌は、刊行初年度から各号平均8万部という売り上げを記録する。それまでの少年雑誌は非商業的な教育雑誌としての色彩が強かったから、同誌はすぐさま少年雑誌のトップに君臨することになった。

エンタメ路線といっても、現代の少年向けメディアには欠かせないスポーツ系の記事は見当たらない。高校(旧制中学)の野球大会が開かれるのは大正時代に入ってからで、部活などのスポーツ文化は未発達だったからだ。女子のほとんどが中等教育を受けられない状況では、学園ラブコメも難しい(そもそも家父長制下では自由恋愛はご法度だ)。

現代の少年文化に欠かせないバトル、アクション、ゲーム、熱血ヒーロー……そのあたりはすべて「戦争」が引き受けた。『少年世界』創刊は、日清戦争の真っただ中で行われたのだ。

娯楽としての「戦争」

『少年世界』創刊号を眺めると、見事に軍事・皇国主義一色である。天皇陛下を寿ぐ歌から始まり、続く論説「明治廿八年を迎ふ」で日清戦争を称えつつ、「此の名誉ある新強国の小国民」と読者を持ち上げる。目玉である巌谷小波お伽噺「日の丸」も、国旗を擬人化して日清戦争を寓話化した愛国ド真ん中の作品である。しかし主人公「日の丸」の活躍は、意地悪な手水鉢の氷を太陽光で溶かして水杓を助けるという地味なものにとどまっている。そのため、主役の座を悪役の手水鉢に明け渡している感が否めない。

手水鉢「エイ、生意気な事をぬかすなイ。全体貴様からして気に喰はん奴だ。をつう開化ぶりやがって、国旗だのフラフだのと、高慢ちきな名前をつけて、祭日だと云っては出しゃばり、おまけに日清の戦争が初ってからと云ふものは、ヤレ何處を取ったの、ソレ此處で勝ったのと、號外が来るたんびに戸外(おもて)へ飛び出し、竿の先に取っ付かまって、威張った面してピラ付いてるのが、平常(ふだん)から癪に障ってたまらねェんだ」

無機物界のMCバトルなら確実に勝てそうな生き生きとした煽りセリフである。国旗を桃太郎のようにヤンチャ化するわけにはいかなかったにしても、日の丸を煽る鉢のほうが面白いようでは、愛国童話としては微妙と言わざるをえない。「忠君愛国」を娯楽にする難しさがうかがえる。

お勉強コーナーだって、愛国尽くしだ。創刊号の「科学」欄では、世界地理を教えるにも「四千九百萬方哩の地球に於て、我日本人ほど名誉なるものはあらず」と日本スゴイ論から始まり、「日清の戦争は、吾等少年を世界の舞台に上せて、其智識を研かしめんとす」と、日清戦争を織り込むことも忘れない。

創刊号の「史伝」欄で取り上げられた歴史上の出来事は、日清戦争に絡めて豊臣秀吉の朝鮮出兵までさかのぼる「英武蒙求」「三韓征伐」に、ナポレオン戦争をテーマにした「トラフアルガーの海戦」と、これまた戦争一色である。同誌の「史伝」欄は、歴史上の武将や幕末の志士らを美化した英雄譚の形をとることが多かった(『近代都市空間の文化体験』成田 龍一)。少年たちは「スゴイ日本人」に憧れ、ときに同一化し、ヒーロー像を共有することで、「われら日本人」としての国民意識を育んでいったのだろう。

「文学」欄では、日清戦争の戦況が手に取るようにわかって幸福な気持ちになれるのは新聞雑誌の文章のおかげなのだから文章力を磨きなさい、と少年を鼓舞する。「詩」欄ですら、「支那をして、我國の詩軍に降らしむると、あながち空想のみにはあらざるべし」と詩人がポエム軍を組織して中国に攻め込みかねない勢いである。「遊戯」欄で紹介されている遊びも、すごろくやドッヂボールのようなせせこましいゲームではない。生徒が100人ずつ甲軍・乙軍に分かれて上野公園と芝公園を陣地に争う本格的な「戦争遊戯」だ。こうなると愛国・軍事要素のない記事のほうが少ないくらいで、当時の少年たちがどれだけ日清戦争に魅せられていたかがしのばれる。

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堀越英美

核家族化で家庭教育はダメになった? 読み聞かせで心を育てるって……本当に? 日本で盲信されてしまっている教育における「道徳」神話の数々。そのすべてを、あの現代女児カルチャー論の名著『女の子は本当にピンクが好きなのか』でセンセーションを...もっと読む

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コメント

moxcha 本当に大体の諸悪の根源は明治時代だな…。 1年以上前 replyretweetfavorite

oono_n 実際のところ、冒険ダン吉とか少年ケニアって、勘弁して欲しい作品だし。。。 1年以上前 replyretweetfavorite

fmfm_nknk あ、原稿ってこれのことです。> 1年以上前 replyretweetfavorite

yomoyomo "「少年はやんちゃで乱暴であるぐらいが好もしい」という規範は昔からあったかのように見えて、時流を汲み取った娯楽メディアの中で生み出されたものだった。" https://t.co/zjojBeOkbc 1年以上前 replyretweetfavorite