「もう一回やったらいけそうじゃないか?」
金田が、ひん曲がった金具を見ながら、今村に声を掛けた。だが、今村は力なく首を振る。きっと、能力の使用に制限のある金田は、感覚がわかるのだろう。唇を嚙んで、そうか、と呟いた。
「どう、しましょうか」
「どうもこうも、力が使えないんじゃ、しょうがない」
サトルが絶句し、金田も目を閉じた。亜希子や彩子も口を動かそうとしたが、言葉を吞み込んだように見えた。今村は立ち上がり、すみません、と、もう一度深々と頭を下げた。
高校の時の記憶が、また蘇ってきた。最後の最後、ゴールポストに弾かれたシュート。誰よりも上手くなりたくて、どうしても試合に勝ちたくて、毎日毎日練習を繰り返したのに、公式戦での得点数は、高校三年間でゼロ。チームの役に立つこともなく、引退した。今日も同じだ。こんなことになるなら、役立たずの能力しか持たない自分なんかより、鍵屋さんでも連れてくればよかったのだ。きっと、こんな古そうな鍵など、ものの数分で開けてしまうに違いない。「超能力」が聞いて呆れる。
「なんかさー、諦めるのは早くない?」
「ちょっと、菜々美」
「だってさ、先輩だったら、試合終了まで絶対諦めないと思うんだよね」
「来栖先輩の話は、今関係ないでしょ?」
彩子が、来栖先輩はサッカー部の先輩で、元エースで、と、菜々美の発言の補足をした。
「でもさ、そういう姿勢っていうか、気持ちって、大事じゃない? アタシは、そう思うな。先輩だって、超能力みたいなパス出すけど、負けそうなときは、泥臭いプレーだってするもん。なんかさ、超能力にこだわらないといけないの? なんでもいいじゃん。蹴破るとかでもさ」
あ、と、今村は顔を上げた。
「あの、ちょっと、ここ、スペース空けてもらえますか?」
今村は、扉の正面にある机を動かし、空間を作った。隠し扉まで数メートル、何もない空間がぽっかりと空いた。今村は扉から一番離れたところに立ち、何度か膝の屈伸運動をした。
「お、おい?」
「みなさん、下がっててください」
超能力を使ってしまった今、自分に残された能力は、高校時代、徹底的に鍛え上げた脚力。それだけだ。助走をつけ、さっきまでテレキネシスで動かそうとしていた部分めがけて、思い切り足の裏を叩きつける。どかん、という鈍い音がしたが、扉はびくともしない。続けざまにもう一度、再び助走をつけて扉を蹴る。
「お、おい、ほんとに蹴破る気かよ」
「あ、あの、菜々美の言うことなんか、本気にしなくても!」
扉は、かなり厚みのある堅い木の扉だ。普通に蹴りつけたくらいでは、びくともしない。けれど、三発、四発、と蹴るうちに、扉全体に、みしり、という異音が走り始めた。先ほどテレキネシスで壊そうとした部分が、明らかに弱くなっている。
足が痛い。息が上がる。もう、体力もキツくなってきている。助走をつける。半ばやけくそになって、扉に向かって思い切り跳躍し、足を前に突き出す。
ばん、という衝撃音。木が裂ける音。金属が床に落ちる音。今村は、空中でバランスを崩し、背中から床に叩きつけられた。息が詰まる。痛みに悶絶しながら上体を起こすと、目の前で、扉がゆっくりと内側に向かって動いていくのが見えた。
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