5人が選んだのは、希望だけでなく、無力の苦悩も分け合うことだった。

28年間のSMAPの活動とその思いを、数々の言動から振り返り、幼少期から三十代に至るまでのファンの女性の28年の歴史と共に纏めあげ、「アイドルとは、ファンとは何か」を問い直すアイドルとファンのノンフィクション書籍『SMAPと、とあるファンの物語』。本書を公開する連載、37回目。どんな時代もいつもテレビやステージで待っていてくれる"アイドル"にも、そして"わたし"にも、2011年3月11日が訪れる。

永遠に完成されないはずのアイドルグループの完成


 2010年、私はなかなか社会復帰できずに、一日一日を過ごしていた。

 通院をして少しずつ日常生活は送れるようになったが、眠って楽しい夢を見て、目が覚めた後、朝日の中で現実に取り残された自分に絶望する。それが一番辛かった。

 このままもう人に会えない人生を送るのだろうか、そう思い始めていた時、友だちに会う用事があるからと母が1泊2日の仙台旅行に誘ってくれた。

 正直気が重かったし、不安ばかり募ったが、それでもその時だけは行ってみたい勇気が勝った。

 その日にはちょうど、仙台でモーニング娘。のライブがあったのだ。


 当時のモーニング娘。はメディアへの露出が減り、コンサートの規模も縮小され、もう何年も北海道ではライブを行っていなかった。

 だけどグループは腐らずに前を向き、ずっと笑顔で輝いていた。

 チャンスがあるならばどうしても会いたくて、一人分のチケットを買った。

 2010年の春、母と別れ一人向かった客席で、なんとか気力を振り絞った私は数年ぶりに本物のモーニング娘。を観る。

 すると2時間弱のステージを観終わった後、想像もしていなかった感覚が湧いていたことに気づいた。

 私はコンサートを夢中で観ていたその時間だけ、元気だった頃の昔の自分の感情を取り戻していた。

 大声を出したり動いたりしたわけじゃない、だけど好きな人たちの笑顔を見て、自然と気持ちが動いていたのだ。

 消えてしまう夢ではなく、私の人生に、まだ楽しいと思えるそのわずかなチャンスが残されていたのだと知った。

 悲しい涙じゃなく、数年ぶりに嬉しくて涙がこぼれた。

 それに気づいた帰り道、仙台の街にはたくさんの桜が咲いていたのだ。

 知らぬ街でもう一度見上げたその花は、やはり優しくて綺麗だった。

 私はそれを見て久しぶりに、帰れないままの横浜の街を少し思い出せた。

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SMAPの28年間の活動と、とあるファンの女性の28年間。決して交わることはなかった。でも、支えられていた。そんな両者の紆余曲折の歩みから見えてくる、アイドルの“意味”。アイドル文化が生み落とした新世代の書き手によるSMAPとそのファンのノンフィクション。

この連載について

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SMAPとそのファンの物語—あの頃の未来に私たちは立ってはいないけど

乗田綾子

転校を繰り返し、不登校にもなってしまった。思い焦がれた上京は、失敗した。願ったとおりの現実を生きるのは、難しい。だけど――。小学校低学年から30歳に至るまで、とある女性の人生にずっと寄り添っていたのは、親でも彼氏でもなくアイドルだった...もっと読む

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