コナン・ドイル「湯切りの研究」
「この部屋の主はカップ焼きそばを食べたようだね」
「どうしてそれがわかるんだい?」
ホームズは部屋を見回しながらゆっくりと喋りだした。
「まず、コンロにやかんが置いてある。中を見ると、わずかだが水を張っていて、触るとぬるい。これは誰かがお湯を沸かしたってことさ」
「でも、それじゃあカップ焼きそばを食べたってところまでわからないだろ? 紅茶を飲んだのかもしれないよ」
そういう私に、彼は落ち着きはらった態度でつづけた。
「キッチンの流しを触ってみてくれ。こちらもわずかだが温度が上がっている。つまり、お湯は捨てられたってことだ。ワトスン君、紅茶を入れたら、キッチンに捨てるかい?」
「いいや、飲むね」
「そう。紅茶なら胃の中に消える。捨てるということは、湯切りをした可能性が高い」
「カップラーメンを食べた人が、健康に気を使ってスープを捨てた可能性もあるんじゃないか?」
「もちろん、それも検討したうえで、だよ。冷蔵庫を見てほしい」
彼にいわれたとおり、冷蔵庫を開けた。中にはほとんどなにも入っていなくて殺風景で、ドアポケットに調味料が折り重なるように乱雑に置かれていた。「これがどうしたっていうんだ?」
ホームズはにやりと笑った。
「調味料を見てほしい。ケチャップに比べて、マヨネーズの減りが早いだろう? それに中身が絞り口のほうに片寄っている。ということは、直前に使った可能性が高い。ワトスン君、ラーメンにマヨネーズをかける人間に心当たりは?」
「......いや、ラーメンにマヨネーズをかけている人なんて見たことないよ」
「ということは、だ。カップ焼きそばを食べた可能性が高いってことだよ」
「なあるほど!」
わずかな事実からここまで読み取るとは。私は彼の観察力の鋭敏さに舌をまいた。
山本一郎「引き続きカップ焼きそばをお願い申し上げます」
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