バカと知恵遅れはどっちのほうが偉いんか?

広島に赴任したNHKディレクター、伊集院さんは、保護司のかたわら自宅を開放してお腹を空かせた子どもたちに手料理をふるまう「ばっちゃん」(中本忠子さん)の存在を知り、取材をはじめます。保護司とは、非行少年や犯罪を犯した人の更生の手助けをするボランティアです。少年院から出た子どもたちが誰よりも先に連絡するのは、ばっちゃんでした。

少年院で成長を遂げる子どもたち

2017年7月現在、私はNHKの中の「福祉班」という部署に所属している。Eテレで放送している「ハートネットTV」という福祉番組をベースにしている部署だ。  
身体障害、認知症、発達障害、貧困など、 人近いディレクターが日々さまざまなテーマで取材している。

 今から4~5年ほど前、私の隣の席のディレクターが、風俗で働かざるを得なくなってしまった知的障害の女性たちを取材していた。  
その番組によると、全国に200万人いるといわれる知的障害者のうち、何らかの福祉サービスに繋がっているのはわずか4分の1あまりの 万人で、一見わかりづらい軽度知的障害者の多くは、適切な支援もなく見過ごされているという。  
 時に住む場所さえ失われる中、生きていくためのギリギリの選択として、性産業に身を置だまいたり、男性宅を転々としたりする女性たちも多いとのこと。障害ゆえにお金を騙し取られたり、暴力の被害に遭うことも多いという。まさに社会のセーフティーネットにひっかかりにくい「グレーゾーン」の中に生きている。

 中本さんの家に通う子どもたちの中にも、知的障害と診断されていたり、検査こそ受けていないが疑われる子どもも少なからず存在した。
 そのうちの1人、中学生の頃から中本さんの家に通っていたアキラは、会話で使う単語が少なく、状況を理解することが苦手そうだった。  
 兄弟がいて、その兄弟はもっぱら自宅で暮らしているが、アキラが家に戻ると鍵がかけられていることもあるという。アキラは仲間と食べ物を万引きしながら生きていた。

 しかし、そんな仲間内でもいじめの対象になりやすく、ライターで体中を焼かれていたことがあり、そんなときは中本さんが異変を察知して、状況を聞き、解決に乗り出していた。  
 いじめた子もまた中本さんの家に通っている少年である。「家に来させない」などの制裁は、どんな権力による措置よりも彼らに効果的だった。

「バカと知恵遅れは、どっちのほうが偉いんか?」  
 ある日、アキラが中本さんに変な質問をしてきた。
 どうやらアキラは友達に「お前は知恵遅れだ」と言われ、別のもう1人の友達が「あいつ はバカじゃ」と言われたらしく、気になったらしい。  
 そんな質問も、中本さんは大まじめに考える。
「どっちかのぉ? ちょっとばっちゃんじゃわからんけん、いろんな人に聞いてみる」と言い、実際に聞き回ったらしい。

 後日、中本さんはこう答えたそうだ。
「バカに付ける薬はないって言うけど、知恵遅れのほうが、伸びしろがある分偉いんじゃなかろうか」と。  
 アキラは「じゃあ、オレのほうが偉いんじゃな」と嬉しそうにしていたという。  
 心の中はとても純粋な少年だった。

 私は、アキラもまた中本さんの励みになっていたのではないかと思う。  
 アキラは、純粋ゆえ、大げさなほど気持ちによって表情が変化する。
 イライラしているときは目も合わせず仏頂面で、落ち着いてくるとニコニコと笑顔になる。非常にわかりやすいその表情の変化が中本さんの何よりのご褒美になる。

「子どもの顔を見よったらね、せんにゃおれんようになる。
今日のこの子らの顔でも見てごらんよ。
来た時にはお腹を空かした顔よ。帰る時には生き生きしちょるじゃろ。
違うでしょ。食前と食後いうたら。
あれを見ると、せんにゃいけんと思うよ(笑)。
で、かわいいじゃろ。そう思わん? 
携わった人間だけが、かわいいかわいい言うけど、人から見たら、何こげな子が、かわいいじゃろかという人がおるかもわからんけど、そやけどあどけないじゃん。
じゃけん、食べたあとの顔見てよ。ものすごく、和やかじゃろ」

 少年院に入るということ

 どうでもいいが、私の小さい頃の夢はプロ野球選手になることだった。そんな私の思いをくんで両親が1度だけ甲子園に連れて行ってくれたことがある。
 なんと桑田・清原の率いるPL学園の試合だった。  
 その憧れの野球選手だった清原和博さんだが、2016年2月に覚せい剤取締法違反で逮捕されたのは多くの方もご存知だろう。  
 私はそれまで何度か疑惑が報じられていたので、逮捕そのものにはさほど驚かなかった。しかし、執行猶予判決を受けて釈放された清原さんが留置所での生活をこう振り返ったことは、私にとってとても興味深かった。

「“14番、メシ!”と言われたらゴザの上に座って食べる。つらかったのは5日に1回のお風呂。独房の人間が一番最後に入るんですが、髪の毛はたくさん落ちてるし、湯船にも何かよくわからないものがいっぱい浮いている。そして“おい114番、栓を抜け”と指示される。この腕で野球をして、薬物を使い、汚いお風呂の栓を抜いている。自分の情けなさに涙が出ました」

 私は罪を犯して捕まったことはないが、そうしないようにしているのはたぶん、強い正義 感というよりは「今の生活を失いたくない」とか「刑務所でつらい生活を送りたくない」という理由のほうが正直大きいかもしれない。  
 清原さんが「情けなさに涙が出た」と言うのにも共感できる。しかし、もしかしたら、中本さんの家に来る子どもたちはこの感覚を共感できないかもしれないなと思い、興味深かったのだ。

 8年の取材期間の中で、少年院に入る前の様子から少年院を出たあとの様子まで継続して取材できた少年が4人いる。
 そのうちの2人については、私との関係性や少年の性格などを十分に考慮し、中本さんとも話し合いを重ねた上で少年院から出てくるその日を撮影した。

 最初の少年のとき、私は彼が少年院の建物から一歩外に足を踏み出した瞬間に歩み寄り「久しぶり。今の気持ちは?」と声をかけてみた。  
 私の中では「やっと出れたっす」「すげー嬉しいです」といった言葉が返ってくるものとばかり思っていたので、ニヤニヤしながら聞いてしまった。しかし、少年院から出てきて最初に口にした言葉は「不安です」だった。    
 ちなみにもう1人の少年も同じく「不安です」と答え、それに「怖い」を付け加えた。
 2人とも少年院から出たあと、親と離れて暮らさざるを得ない状況で、高校進学ではなく就職という選択肢しか残されていないという意味では共通していた。
 その不安や恐怖の理由を聞くと1人目の少年は「わからない」と答え、2人目の少年はこう答えた。

「やっぱり全くわからんじゃないですか。仕事行くにしてもちゃんと行けるんかなぁって。 新しい友達とかできて、そっからまた悪いほうにいくんじゃないかって。結構、いろいろ。 だから自分としては友達作らんほうがええんかなぁって思ったりはしてます。どうしてい いかわからんのです。気持ちの整理とかまだできてないんです」

 16歳、同じ年頃の人たちが高校生活を謳歌し、勉強し、社会で生きていくための土台作りを続ける中、1人で就職し社会での「実戦」に参加しなければならないということがどんなに「不安」で「怖い」ことか、私なんぞが想像することさえ失礼のような気がする。

 ただ、少年院を出てきた2人の少年を見て、もう1つ共通していると思うことがあった。それは少年院での生活をつらそうに話さないこと。

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ばっちゃん ~子どもたちの居場所。広島のマザー・テレサ~

伊集院 要

「子どもはお腹がいっぱいになったら悪さはせん」  37年間にわたり、自宅を開放して子どもたちに手料理を振る舞いつづける女性がいます。子どもたちから「ばっちゃん」と慕われる、中本忠子さん(83歳)。2017年1月のNHKスペシ...もっと読む

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コメント

a_tocci 「バカに付ける薬はないって言うけど、知恵遅れのほうが、伸びしろがある分偉いんじゃなかろうか」と。https://t.co/ZdySO4LZ00 3年弱前 replyretweetfavorite

maguhekikai ご飯を毎日食べさせて貰えるって、幸福なのだと、ほんと、この連載は、なんとも言いようのないため息が出る。 > 3年弱前 replyretweetfavorite

maxlt ばっちゃん ~子どもたちの居場所。広島のマザー・テレサ~ 伊集院 要 食 ノンフィクション 家族 教育 2018年1月6日 https://t.co/V3TYnEUWJ8 3年弱前 replyretweetfavorite

nakamura990417 "ただ、少年院を出てきた2人の少年を見て、もう1つ共通していると思うことがあった。それは少年院での生活をつらそうに話さないこと。 「ご飯の量は500グラムで正味420グラムだった」「お茶は飲み放... https://t.co/GmuaopOF4G #NewsPicks 3年弱前 replyretweetfavorite