わたしたちの普段の行動を振り返ってみると、あたかも「台本」に沿って「演じている」場合が少なくありません。この台本のことを「スクリプト」と言います。
例えば、レストランで皆さんはどう振る舞いますか? レストランに入って食事を注文して食べて会計をするまでに、誰もがおおむね決まった順序で行動します。注文の前に会計はしないし、「何名です」と店の人に言うのは必ず最初です。あるいは予約をしなければならない店ならば、予約こそが最初にすべきことです。当たり前ですね。わたしたちの消費者行動にはこのスクリプトが充ち満ちているのです。
こうしたスクリプトは、文化によって違う場合があります。典型的なのは、チップです。ご存じのようにアメリカなど、国によってはレストランとかホテルでサービスを受けたら、サービスの値段に加えて、いくぶんかのお金をその人にあげることがあります。しかし日本では、チップの習慣はありません。
アメリカのレストランで食事をしたときには、会計の際に総額を確認して、その15%とか20%のチップを支払うというステップが、レストランでのスクリプトに入っているのです。しかし日本人は、チップという習慣に慣れていないので、つい忘れてしまう人もいます。そこで日本人客が多いアメリカのレストランでは、あらかじめチップを上乗せするところもあるそうです。あろうことか、その上乗せに気づかず、チップを二重に払ってしまう日本人もいるようです。こうした払い忘れや二重払いが生じるのは、ひとえにスクリプトが違うからです。
そのような間違いをしないにしても、どれだけのチップを払えば良いのか、分からないので、困ってしまう日本人は少なくありません。ぼくは、むかしアメリカに1年半住んだことがあります。どれだけチップを払えば良いのか、相場観がないので、「いくら払えばいいの?」といろんなお店の人に聞いたことがあります。しかし返ってくる答えは、ビッグ・スマイルで「It's up to you!」(君の好きに決めたらいいよ!)、というもので、正解を教えてくれませんでした。チップの相場は、アメリカで暮らす人々が共有する暗黙知なのです。
同じレストランの話を続けると、会計の仕方にも文化の違いがあります。日本のレストランでは、よほど高級な店でない限り、出入り口にあるレジで会計を済ませます。しかし海外では、テーブルで会計を済ませることが少なくありません。それを知らない日本人客がテーブルで会計をせず、出口に向かう姿は、あたかも食い逃げ客であり、店は慌てるわけです。悪気は全くないのでしょうが、スクリプトの違いが誤解を生むのです。
こうしたスクリプトゆえの誤解やトラブルは、日本でもよく見られます。例えば「とりあえずビール」という極めて日本的なスクリプトです。しかし今どきの大学生は、最初の一杯がビールであるべきだという「ルール」を知りません。同年代同士で飲んでいるときには気づかないのですが、何らかの理由でおじさんと呑む機会があると、そのことに気づくのです。
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