欠けがえのない固有名詞「キムタク」
『赤と黒』の主人公であるジュリアン・ソレルは死刑を甘んじて受け入れ、『ドリアン・グレイの肖像』のドリアンは醜く死に絶え、『ヴェニスに死す』のタージオは見ている側のおじさんが死ぬことによって美しいまま保存される。世の文学作品の美青年たちの最期はそれなりに厳しい。
さて、アラサー世代の女性にとって、そういった場合に想起される美青年というのは、ほとんどキムタクこと元SMAPの木村拓哉しかありえない。少なくとも一定の時期まで、女性にとってキムタクほど都合の良い固有名詞はなかった。
キムタクに見た目の美しさ以外の魅力がない、という暴論を振るうつもりもない。しかしながら一時期、女性にとって「キムタク」は、ほぼ「イケメン」と同義であり、「キムタクの遺伝子欲しい」とか「キムタクじゃないんだから働けよ」とか「キムタク紹介してくれるなら美女紹介してあげるけど」などと不用意な発言を許すほど、固有名詞以上の固有名詞だったのは間違いない。
今でも私は、「ブサイクとイタリアン食べるのとキムタクとうんこ食べるのだったらどっちがいい?」とか「ブサイクな金持ちと貧乏なキムタクどっちと結婚する?」的な雑な例示が必要な時に、その金色の固有名詞を使ってしまうし、逆にキムタクが禁句となってしまったら、他にそこに代入してピタリとくる固有名詞を私は知らない。というか誰も知らない。
「新しい地図」の裏側で
さてしかし、2017年のキムタクの状況は、というと結構風当たりの厳しいものだった。彼の所属した伝説的なグループは解散の危機を乗り越えたかと思いきや別に全然乗り越えておらず解散し、しかも解散にあたってはキムタクと他のメンバーの確執やキムタク抜きの話し合いなどが度々報道され、彼のいない新しい地図は思いっきり時代に愛された。
これはダンディであり、ダンディでしかなかったジョージ・ブランメル(バイロン卿に「ナポレオンになるよりもこの男になりたい」と狂気にちかい褒められ方をした人)が、偉大なる無意味を生きながら、あらゆる貴族や国王を垂らしまくり、しかし晩年は悲惨なものとなったのを何処と無く彷彿とさせる。キムタクに悲惨な境遇など似合わないし、固有名詞「キムタク」がクリアにいい男を意味するものじゃなくなっちゃったら、私だって困るじゃないですか!
しかし、キムタクの今後というのは結構想像しがたい。というか、彼のキャリアはSMAPでのポジションどりから始まり、「あすなろ白書」「人生は上々だ」「ロンバケ」「ラブジェネ」「プライド」「華麗なる一族」とイマイチ文句の付け所がなく、これ以上の選択がなかった、と思わせてしまうもので、そうなるとどの時点に立ち返ってもう一度歩んだとしても今の状態に帰結してしまうので、「あの頃のキムタクの味を再び前面に出して」的な想像が無意味だ。
後世タレントとしては厳しいキャラクター
キムタクはカッコつけのイメージも強いが、それでも今まであまり笑われずに来たのは、Mステで女の子の「寝屁」が聞きたいとカムアウトしたり、「HEY!HEY!HEY!」や「うたばん」でどうにか汚そうとしてくる芸人さんのいじりをボケでかわせるスマートさがあるからだ。つまり河村隆一的(この固有名詞も意味が希薄になりつつあるけど)なコミカルなキザを演じきれるバカさがあれば、田村正和的な路線、つまり文句ないほどにかっこいいのだがそれ以上に可笑しいというモノマネされてなんぼの路線に突き進んでもいいのだが、それも叶わなそう。
河村隆一くらい、歌っている時の「くの字」ポーズが生活全般にも行き渡っている人というのは、それを崩していく、というのができるのだ。汚れた真似はせず、くの字ポーズを崩さなかったのを、ちょっとずつ汚して、ちょっとずつポーズと体型を崩していくと、それはそれで味がある(そもそも彼はLUNA SEA時代には顔を真っ白に塗りたくっていたわけだから、その化粧も少しずつ落としてすでに成長を遂げている)。しかしキムタクは最初から、ちょっとは汚れたり変な髪型にしたりコントをしたりするくらいの度量があったがために、程よく崩したラフ感、みたいなものはすでに持ち合わせており、歳を重ねて力を抜いていく、という変化も期待しにくい。
キムタク以前の美青年の代名詞といえばジュリーだが、彼の場合は、ちょっと見ないあいだにすっかりおじいさんになっていた、という巧みな隠れ身の術を使った。すでに40代半ばまで出ずっぱりのキムタクには、そうやってある意味で美青年的な過去を保存しておじさんとして再登場するというのも今となっては難しい。
SMAP解散後の道は社長か
ということで、私はキムタクの代わりに、おそらく一生読むことがないであろう伊集院静のおじさんの生き様作法の本を何冊も読んで研究したのだが、彼が流儀流儀としつこく解いていることを噛み砕いて説明すると、「パワハラ上等、人と繋がれ」というようなことらしい。
例えば「大人の仕事とはなんぞや」と題されたコラムには伊集院が作家になろうとした時に、「つまらぬことを、独り仕事が・・・・・・」と一蹴した父についてこんな一文がある。
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