【第2回】
統計学は最善最速の正解を出す
—「疫学の父」ジョン・スノウの活躍

あえて断言しよう。あらゆる学問のなかで統計学が最強の学問であると。 どんな権威やロジックも吹き飛ばして正解を導き出す統計学の影響は、現代社会で強まる一方である。「ビッグデータ」などの言葉が流行ることもそうした状況の現れだが、はたしてどれだけの人がその本当の面白さを知っているだろうか。この連載では、cakesという新しいプラットフォームに相応しい、最新かつ最も刺激的な統計学の世界を紹介したい。(毎週火・金更新)

統計学が最強の武器になるワケ

 なぜ統計学は最強の武器になるのだろうか?
 その答えを一言で言えば、どんな分野の議論においても、データを集めて分析することで最速で最善の答えを出すことができるからだ。

 もしあなたが、前回紹介した小売企業で働いていて、社長キモ入りの全社横断プロジェクトで売上増加を目指すとしたら、一体どういうことに取り組むことになるだろうか?

 おそらく社内のさまざまな部署から、あなたよりも偉いおっさんたちがやってきて、「自分の感覚では……」とか「自分の長年の勘に基づくと……」といった主観的根拠で勝手なことを言い出すだろう。
 やれ商品が悪い、ダイレクトメールや広告が悪いといった批判が見られるかと思えば、広告予算自体が限られているからしょうがないじゃないかといったマーケティング部からの反論がある。こういうキャンペーンをやってみればいいんじゃないかとか、家電量販店のようにポイント還元制度を作ってみたらいいんじゃないかといった、これまでに何度となく提案されてきたような単発のアイディアも出てくるかもしれない。

 断言してもいい。もしあなたの会社に十分なデータがあるのであれば、データを分析せずに経験と勘だけに基づく議論を重ねるのは時間のムダだ。そして大抵の場合は、会議参加者の人件費の分だけお金もムダだ。日本の多くの会社は、時給800円でアルバイトする若者が仕事をサボることは叱るくせに、時給換算でその何倍もの人件費を支払われている人間が会議で不毛な時間を過ごすことに対しては思いのほか無頓着だ。不思議で仕方がない。

 どれだけセンスがあるビジネスマンであろうとも、たとえばそれがスティーブ・ジョブズほどの天才であったとしても、センスだけのアイディアはしばしば失敗する。ウソだと思うなら今すぐ「ジョブズ 失敗」とでも検索してみればいい。発売していたことすらほとんど誰も知らないような、微妙さあふれるスタイリッシュな不要物の画像をいくらでも見られるはずだ。

 そして仮に、その会社がアップルほどの大企業であったとしても、センスだけのアイディアで過ちを犯した場合に困るのは経営者と従業員と取引先ぐらいだが、世の中にはしばしば過ちを許すことが絶対に許され得ない場合がある。たとえば大量の人の命がかかっている場合などはそれに該当するだろう。

10万人の命を賭けられるものは何か?

 もしあなたが選択を誤れば10万人の命が失われる、といった状況であなたはいったい何を根拠に判断を下すだろうか? そのような時にあなたは上司の直感や経験だけに任せて決断を行なうだろうか?
 あるいは、総理大臣なり厚生労働大臣なり、権限のある人たちが、あなた自身やあなたの家族の命も含め、10万人分の命がかかった選択を迫られた際に、何の根拠もなく権力者たちのパワーバランスに基づくご意見のみで決めたとしたらあなたはどう感じるだろうか?

 判断を誤れば10万人の命が失われる意思決定、という状況はまるでSF映画の中の出来事のように感じられるかもしれない。だが、医療、なかでも私が専門とする「公衆衛生」や「社会医学」「保健行政」といった領域においては、今この瞬間にも慎重な議論を経てそういった決定を下している真っ最中なのである。
 たとえば日本では毎年35万人ほどが癌で亡くなり、19万人ほどが心臓病で亡くなり、3万人ほどが自殺している。適切な予防や治療の方策さえ取れれば、このうち何万人もの命が救われるはずなのだ。

 こうした大量の人命がかかった間違いの許されない選択において最善の答えを出すために、 人類は19世紀のロンドンで、史上初めて統計学の力を使って万単位の人命を奪う原因に戦いを挑んだ。

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この連載について

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統計学が最強の学問である

西内啓

あえて断言しよう。あらゆる学問のなかで統計学が最強の学問であると。 どんな権威やロジックも吹き飛ばして正解を導き出す統計学の影響は、現代社会で強まる一方である。「ビッグデータ」などの言葉が流行ることもそうした状況の現れだが、はたして...もっと読む

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