8
——この、役立たずめが。
——敷島家の恥さらしだな、貴様は。
目を開けると、真っ白い部屋が目に入った。
敷島喜三郎は、机に座ったまま、わずかな時間、居眠りをしていたことに気がついた。ぼんやりとする目をこすり、意識を取り戻す。目の前には、読みかけのファイルが置いてある。少し向こうには、シングルベッドが置いてあって、小さな女の子が膝を抱えて座ったまま、喜三郎をじっと見ていた。
「何か、言いたいことがあるのかね」
女の子は、横に首を振り、また膝に顔をうずめた。
「言いたいことがあれば、テレパシーを使ってごらん」
「やだ」
「どうしてだい」
「ずっとやってるもん。きこえないんでしょ?」
ふうむ、と、喜三郎はため息をつき、手元のファイルに目を落とした。ファイルナンバーは28号、名前は、「音無和歌」だ。
「ママとはテレパシーでしゃべっていただろう?」
「うん」
「じゃあ、私ともしゃべれるはずだ。テレパシーでな」
「できないもん」
「そんなことはない。君は、自由に力を操っていた。できるんだよ。できるんだ」
真っ白な部屋は、人の感覚を遮断するためのものだ。壁には、幾何学的な凹凸が組まれていて、簡単な無響室になっている。防音処理もされていて、外部からの音も完全に遮断する。空気は徹底的に脱臭され、無臭状態が保たれている。五感を刺激するものを極力減らすと、人間は、不要な能力に割く力を減らし、必要な力を生み出そうとする。つまりこの部屋は、超能力者の能力を高めるために設計されているのだ。
部屋の一角、鍵の掛けられた棚には、三十年間の研究の成果が詰まっている。棚には、喜三郎が把握している超能力者たちの情報がファイルに綴じられ、整理されていた。その数は、ゆうに千人を超える。
ため息を一つつき、喜三郎は棚からファイルを一冊、取り出した。この棚の中で、最も古いファイルだ。名前の欄には、「敷島喜三郎」と書かれている。喜三郎もまた、超能力者の一人なのだ。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。