瀬戸内寂聴「 1対1ではない恋愛関係」

【第6回】95歳、作家・瀬戸内寂聴さんが自身の創作活動を振り返ります。『花芯』が批判を受け、5年間文壇を干されてしまいますが、『田村俊子』で復帰して評判を得ます。そして、41歳のときにいよいよ『夏の終り』という代表作が書かれますーー。(聞き手・平野啓一郎)
 ※本インタヴューでは自身が代表作を3点選び、それらを軸にして創作の歴史語ります。代表作は『夏の終り』(1963)、『美は乱調にあり』(66)と『諧調は偽りなり』(84)の一組、『源氏物語』現代語訳(98)。

硯を洗って出直す?

平野啓一郎(以下、平野) 何か自分が果たさなきゃいけない役割とか、社会から期待されている常識のなかで、自分でもどうしてもコントロールできないものに突き動かされていく女性の姿を非常に鮮やかに描かれていて、これが瀬戸内文学の一つの、その後もずっと続いていくテーマになるのかなと思います。

いま、言われたように酷評を受けて、「誤解というのは一体何なのか」ってことにこだわって、『田村俊子』という作品を書かれて、その後に『夏の終り』を書かれているんですね。

瀬戸内寂聴(以下、瀬戸内) そうです。『田村俊子』は、連載の第1回からもう「瀬戸内晴美が硯を洗って出直した」と評が出たんで、「私は硯は一度も汚したことなどありません」ってまた書いたの。批評されたら黙っているのがいいの。すぐ私は怒るんですよね。いまはもうわかったから黙っている。

平野 それで、『田村俊子』は評判になって賞も取りましたけれども、そのときにもう1回、小説家としてやっていけるという手応えみたいなものを感じられたんでしょうか。

『田村俊子』 (文藝春秋新社、1961年/ 講談社文芸文庫、93年)

瀬戸内 その『田村俊子』では、私が「硯を洗った」と皆が誤解して、ずいぶん褒めてくれたんです。だから、やっぱりこれはものにしなきゃいけないなと思って、もちろん一生懸命に書きました。そしたら、とても幸運な小説ね。賞をくれるって、「田村俊子賞」。でもそうは言ったって、そのときにできた賞で、その最初だからもらって当たり前ですよね。でもまあ、ちょっとね。

平野 やはり嬉しかったんですね。

瀬戸内 嬉しかった、嬉しかった。

『夏の終り』—1対1ではない恋愛関係

平野 その後の1963年、41歳のときにいよいよ『夏の終り』という代表作を書かれます。

瀬戸内 遅いですね、ほんとに遅いですね。あなたは20代でしょう? 私、40代で20年も遅いのね(笑)。

平野 ちょうどいまの僕ぐらいです。いま、僕は40歳だから。

瀬戸内 そう、そう。


『夏の終り』 (新潮社、1963年/新潮文庫、66年)

平野 この小説もやはり私小説ではないのですが、実体験がかなり反映されている部分もあるのではないかというふうに読めます。最初の小説『花芯』で、あたかも自分自身のことを書いているかのようにとられ、批判され、誤解されながら、『夏の終り』でもあえて読者が「これはひょっとすると作者自身のことなんじゃないか」と思うような描き方を、あらためてされたことには何か意図があったのでしょうか。

瀬戸内 その『花芯』ね、皆が悪口を言ったけど、そのなかで室生犀星と吉行淳之介と円地文子の3人が褒めてくれたの。「皆は何か言っているけどそんなの気にしないで、これはいい小説だ」と言ってくれたんです。私は、この3人が褒めてくれたならもういいと思ったの。やっぱり、全く褒められなければもうだめだけど、そんな人もいたの。だから書けたんだと思います。

平野 『夏の終り』では、知子という主人公がいて、慎吾と凉太という2人の男性が出てきて、その三角関係を中心に話が進んでいくわけですが、この作品を書こうと思った動機は、瀬戸内さんご自身、ちょうどこの時期に、やはりこれは小説に書かなきゃいけないというような思いがあったのですか。

瀬戸内 そうそう、『田村俊子』は評判がよかったでしょ。それで新潮の編集長が私に目を付けて、「『週刊新潮』に書け」と言ったんです。それからですね、私が作家というふうになれたのは。『夏の終り』を読んで、それで書けると思ったの。

平野 この『夏の終り』の三角関係は、慎吾という寡黙な、少しニヒルな雰囲気の売れない作家だけれども、ある意味、人生にこう何て言うんですかね……。

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高橋 源一郎,古井 由吉,瀬戸内 寂聴,平野 啓一郎,飯田橋文学会
東京大学出版会
2017-11-11

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飯田橋文学会

高橋源一郎さん、瀬戸内寂聴さん、谷川俊太郎さん、横尾忠則さん…小説家・詩人・美術家の人たちは何を生み出してきたか? 自身が代表作を3作選び、それらを軸として創作活動の歴史を振り返ります。創作の極意、転機となった出来事、これからの話ーー...もっと読む

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bun_soku 【作家インタビュー】 インタビュアー:平野啓一郎 https://t.co/Tvix0BS3dE 2年以上前 replyretweetfavorite