—— 山口さんと初めてお会いしたのは、もう10年くらい前なんですよね。
当時僕は出版社で書籍の編集者をしていて、株式投資の本を書きませんかと持ちかけたんです。どちらかというと「こうやると株で儲かる」といった内容の企画です。すると山口さんは、「株は買ったらずっと売らないのがいいんです」とか「そもそもぼく、貨幣論が書きたいんですよ」とか、この人は何を言っているんだろう、という感じで(笑)。
そんな出会いだったんですが、でも今になってみると、この『新しい時代のお金の教科書』は、山口さんが10年以上考えているお金に関する思考の集大成になってますね。
山口揚平(以下、山口) そうそう。貨幣について考え始めたのは2005年です。10年以上が経ち、そろそろお金に関することをまとめておこうと思ったんですよね。「そもそもお金とは何か?」に始まり、どのように変遷し、未来はどうなっていくのかを世の中に出しておこうと。
—— 過去にもお金のことについてまとめた『なぜゴッホは貧乏で、ピカソは金持ちだったのか?』を出版されていますよね。
山口 その本は、「お金とは何か?」ということの入門編ですね。今回はどちらかというと「お金はどういう構造で成り立ってるのか」にフォーカスして書きました。お金の正体である「価値と信用」と、その背景にある構造を解説しています。
—— なるほど。今回はお金の歴史など、ファンダメンタルなことも書いてありましたね。10年たってようやく、山口さんはこういうことをいいたかったのかと理解できました。おもしろかったですよ。
山口 ありがとうございます。とても苦労して書いた本なので、うれしいです。
世の中からお金が消える? 21世紀の価値指標は「信用」
—— 山口さんがはじめてのひとのためにちょっと紹介をしておきましょう。もともとコンサルティングファームで企業再生をされていましたよね。
山口 そうです。主に投資やオペレーションの仕事をしていて、そこで得たファイナンシャル・リテラシーを本にまとめて出版したりもしています。その後は自分で会社を立ち上げたり、ベンチャー企業を中心に投資をしたり、自分も経営に参画して事業立案のお手伝いなどをしています。自分の仕事は「事業創造家」だと言っています。
—— じゃあいまは、仕事のメインは投資なんですかね。
ブルーマーリンパートナーズ代表 山口揚平さん
山口 いや、投資自体にはさほど興味がないんですよ。差し入れ(保証出資)程度の出資を行って、自分も経営に参画しながら、起業家といっしょに事業を作っていくのが好きなんです。その過程でコンサルティングフィーを会社の成長に合わせてもらっています。
—— とはいえ、生活するにはお金がかかるじゃないですか。どこでキャッシュフローがあるんですか? 開始早々、立ち入ったことを聞いてますが(笑)。
山口 お金のかからない生活をしているので、ある程度の額があれば問題ないです。現在東京の六本木と軽井沢で2拠点生活をしていますが、軽井沢での生活はほとんどコストがかかりません。家もオーナーのご好意で安く借りていて、食材も低価格で調達できます。一言で言えば「非貨幣経済」なんです。この生活を通じて確信しているんですけど、僕は近い将来、世の中からお金がなくなると思っています。
—— ぼくは山口さんとはFacebookでもつながっていて、軽井沢生活の様子も時々拝見してるんですよ。で、このひとどうやってこの暮らしをしてるのかなと不思議だったんです。なるほど、この本に書かれている「信用主義経済」のなかで生活しているわけなんですね。昔話の山奥に暮らしている賢人みたいですよね(笑)。
山口 はい(笑)。自分を「思想家」とも言っています。これから数年後、数十年後に、日本と世界のパラダイムがガラっと変わるんですよね。だから、現在の古いパラダイムには全くもって興味がない。
—— ほうほう。同書で語られている通り、一歩先の未来を予見して“信用を積み重ねる”生活をしているわけですね。
軽井沢の数億の邸宅を都内マンションの価格で⁈
—— 山口さんのおっしゃる、新しいパラダイムについて教えてください。
山口 20世紀のビジネスは生存欲求を満たすものが中心でした。しかし、それらはすべて有り余るほど提供されています。現に、国内の住宅の空室率は20%を超えるという予測もありますし、乗用車の保有台数は10年間ほど変化がありません。
生存欲求が満たされると、人間は社会的承認の欲求を求めはじめます。社会で求められる欲求が変化すると、それを提供する材が変化するんです。「モノ」はお金で買えましたが、誰かに求められる「コト」はお金では買うことができません。
—— なるほど。わかりますね。
山口 それで、みんなに認められること、つまり「承認」はそのまま「信用」と言い換えることができます。信用は人とのつながりや、人間関係の深さによって作られます。それらを生み出すのは「時間」であり、そうなると、最終的にお金は不必要な世界になるんです。
—— 最後、急にわからなくなりましたよ(笑)。本にもありましたが、お金、いらなくなるんですか。
山口 そうです。先ほど軽井沢は非貨幣経済圏だと言いました。僕は今、数億円する自宅を都内のマンションと同じぐらいの価格で借りています。そうしたことが可能なのは、僕が金銭ではない価値を家主に提供しているからです。
—— というと? 野菜を差し入れてもらったから、代わりに今晩のおかずをあげる…みたいなことなんでしょうか。地方ではよくあることですが。
山口 でも、その延長ですよ。そこには、貨幣という数字が介在していません。そうしたやり取りが積み重なっていくと、だれから何をもらって、だれに何をあげたという記憶が残ります。人間関係が育まれ、貨幣を介さないやり取りになっていく。
—— 生存欲求が満たされた社会では、こうした承認のやり取りが基本になると。
山口 はい。本質的に誰かに認められることを求めるので、もうお金は要らないんです。モノの価値がなくなった社会では、承認こそが主たる経済指標になります。
相手からの承認を得るためには、まずは相手を承認しなければいけません。加藤さんがおっしゃった地方のお話が分かりやすい例です。このように、貨幣神話は崩壊していきます。信用で信用を得る「信用主義経済」が新たなパラダイムの正体です。
構成:長谷川リョー