満を持して日本に上陸した『ハフィントン・ポスト』
加藤貞顕(以下、加藤) 松浦さんは、ライブドアでポータルサイトの統括とBLOGOSのプロデュース、2011年からは『WIRED.jp』の編集などを手掛けていました。そして、2013年5月7日からスタートする『ハフィントン・ポスト日本版』の編集長に就任したわけですが、そもそもハフィントン・ポストとはどのようなメディアなのでしょうか?
松浦茂樹(以下、松浦) 全米でナンバー1のウェブメディアと言われています。アメリカではニューヨークタイムズを抜いて、ユニークユーザーが月間4600万人。イギリス版やフランス版、ドイツ版もあり、日本版は朝日新聞と提携して運営されます。
加藤 なるほど。満を持して日本に上陸したわけですね。そもそもの質問で恐縮ですが、アメリカでは、どのような経緯でスタートしたのでしょうか?
松浦 もともとは、バラク・オバマ氏が当選した2008年のアメリカ大統領選挙のときに、ブロガーの声を集めて掲載し始めたことが出発点です。2011年にインターネットサービス会社AOLに3億1500万ドルで買収されるなど、どんどん規模が大きくなってきました。
加藤 ブロガーの声を集めるというと、松浦さんが以前にプロデュースしていたBLOGOSはまさにそうですよね。
松浦 実は、BLOGOSはハフィントン・ポストを意識してつくったサイトなんです。
加藤 おお、そうだったんですか。なるほど、仕組みが似てるわけですね。どっちもブロガーの記事を転載するところからはじまるサービスなわけですが、日本版ハフィントン・ポストもすでにブロガーのみなさんから許諾を取り始めているんですか?
松浦 もちろんです。70人くらいの初期のメンバーでスタートする予定です。ブログの転載だけでなくて、堀江貴文さんなどの書きおろしの記事もあるんですよ。
加藤 記事を提供するブロガー側のメリットは、集客なんですか?
松浦 集客はひとつの大きなメリットですね。ただ、どちらかというと、まとまって記事を読めるというユーザー側のメリットが大きいと思っています。そして、コメント欄を通じてコミュニケーションをとることができます。ひとつのサイトに「発信する人」、「コメントする人」のさまざまな意見が集まってきて、大きくなってきたのがハフィントン・ポストなんです。
加藤 そういえば、BLOGOSってコメント欄はありましたっけ?
松浦 最初はなかったんですが、後からつきました。僕が辞めてからですが。
加藤 コメント欄ってすごく難しくて、盛り上がってうれしいときもあるんですが、嫌がるひともいますよね。荒れやすいものでもありますし。
松浦 そう、コメントは日本では荒れてしまうことも多いんですよね。そこは、ハフィントン・ポストが工夫しているところなんですよ。
目指すは、きれいな2ちゃんねるまとめサイト?
加藤 コメント欄をどうするかは、やはり気になるところなんですよね。アメリカのハフィントン・ポストではコメントがきれいな形で盛り上がるものなんですか?
松浦 アメリカでは、そのためにJuLiA(ジュリア)という人工知能ソフトウェアがあって、ネガティブなコメントを削除しているんです。さらに、人力でコメントを精査して、議論につながる意見を残すという方針で編集しています。
ただ、まだJuLiAは日本語には対応してないんです。日本のインターネットは、どんどんネガティブな方向に流れてしまう傾向があるので、そこは議論につながる意見を表に出せるように、人力でなんとかしていくしかないかなと思っています。
加藤 そこはcakesでも気にしているところですね。記事を編集するにあたっては、できるだけポジティブな議論につながるようなものにするのを意識しています。
松浦 例えば、この前「ニコニコ超会議」に出演して、テレビや新聞の人と話したんですけど、ニコ生のコメントを見ると既存メディアの駄目な部分ばかり指摘されている。でも、こちらかすれば、「その議論、何年やっているんだ!」って感じなんです。駄目なところを指摘するのは簡単なんだけど、そうじゃなくて、「じゃあ、ポジティブにするにはどうしたらいいのか?」ということを議論していかなければいけないと思うんです。そうしたことが、今まで日本のウェブメディアでは上手に提示できていなかった。コメント欄も含めてポジティブな議論の構築ができる仕組みになればと思っています。
加藤 面白いコメントがうまく拾えるようになるといいですよね。僕は「発言小町」を見るのがけっこう好きなんですよ。おかしな質問もあったりしますが、それに対して、感動的な暖かいコメントがついたり、すごく深い洞察を提示する人がいるじゃないですか。積極的にそういう意見をしたくなる、仕組みづくりが必要ですね。
松浦 一つの理想的な形が2ちゃんねるのまとめサイトのような感じですね。2ちゃんねるでは、ひとつスレッドにコメントがずらっと書かれていますが、まとめサイトでは余計な要素をそぎ落とし議論が追いやすくなっている。もちろん無断転載などの問題はありますけど、人気のあるまとめサイトだと、余計なノイズの部分も上手く残していて、リズム感を持って読ませる編集スキルも持っている。あれは本当にすごい。
加藤 そうそう! 今日は松浦さんに2ちゃんねるまとめサイトの話を伺いたかったんですよ。ハフィントン・ポストについて調べていて、ニュースがあって、コメントがあって、その編集をするという話を読んで、真っ先に思い浮かんだのが2ちゃんねるのまとめサイトだったんですね。僕らの世代からすると、2ちゃんねるはアングラなものでした。でも、まとめサイトに関しては、もうアングラではないですよね。
松浦 だいぶ一般的な存在になってきました。
加藤 普通の女の子が、スマートフォンにまとめサイトリーダーを入れて読んでいるのを目にするようになってきましたよね。そういう意味ではウェブメディアを運営する者として、まとめサイトは強力なライバルだと思うんです。ニュースに対してみんなで議論して面白いコメントを集め、キュレーターが編集してコンテンツにする。それって、ハフィントン・ポストとかなり構図が似ていますよね。彼らに対して、どのように戦っていこうと思っているのか気になります。
松浦 あのエコシステムは、相当強烈に日本に根付いていますよね。ぼくらは「きれいな2ちゃんねるまとめ」にならないといけないのかな。というと簡単ですけど、意見をポジティブに組み立てて、いかに議論を建設的な方向に導けるかが鍵だと思っています。だから、今までとはまったく違うものが黒船とし上陸してくるのではなくて、今まで日本のネットがやってきたことを最終的に突き詰めた完成形が、たまたま国外にあったというだけだと思うんです。
加藤 なるほど。
松浦 だから、日本の文脈の上に、上手くハフィントン・ポストのエッセンスが現れればいいなと思っています。それと、ハフィントン・ポストでは、ブログを掲載するだけでなく、いわゆるストレートニュースのような、自分たちのオリジナルコンテンツも掲載していく予定です。
加藤 確か、アメリカのハフィントン・ポストは、イラク、アフガン戦争の退役軍人を追った報道でピュリツァー賞を受賞しましたよね。そういった調査報道もしていくんですか?
松浦 そうですね。そういう、心の奥に突き刺さる記事も掲載していきたいと思っています。日本にピュリツァー賞に該当する賞があるかは分かりませんが、そういう評価が得られるように頑張りたいですね。
加藤 それは期待したいです。ただ、そうなると気になってくるのがマネタイズの問題です。調査報道をしていくには、それなりの費用がかかります。既存の新聞や雑誌はそこをうまくやってきたわけですよね。
松浦 はい。その通りです。
加藤 ですから、ウェブメディアについて語るうえでお金の問題は外せないと思います。話しにくい部分もあるのかもしれませんが、ハフィントン・ポストがどのようにマネタイズしていくのかについても、詳しく話しをお聞かせいただけますか?
構成:宮崎智之