皆さん覚えていらっしゃるでしょうか……。西新宿にあったドブ板メディカル株式会社という小さな会社を……。冴えてるんだか冴えてないんだか、 どちらかというと、うだつの上がらない人たちが勤めていた医療器具メーカーです。
そんなドブ板メディカルが何があったか知らないけれど、 イケイケの外資系医療器具メーカー、 ウンタラ・サイエンティフィック株式会社に合併されてまして、 本社を大崎に移したのです。この物語はそれからちょっとしてのお話です……。
東京、大崎。 大崎ウエピコゲートタワー。
巨大なオフィスタワービルの28階に、ウンタラ・サイエンティフィックの内部監査室はありました。その会議室で深刻そうな話をしている女性が二人……。
瑠雨図奈乃(るうずなの)さんと須玖(スグ)マネージャーです。
瑠雨図さんはもともとドブ板メディカルの社員でしたが、 合併に伴いウンタラ・サイエンティフィックに転籍になりました。
瑠雨図さんは現在26歳。前社のドブ板メディカルでは、 ゆるふわOLで、どちらかというとのんびり仕事をしていたのですが……。
須玖マネージャー「あのね、瑠雨図さん。あなた、このままだとマジクビ」
瑠雨図さん「どえええええええ!?」
須玖マネージャーの言葉に瑠雨図さんは目玉が飛び出るかと思いました。
瑠雨図さん「れ、連載再開から過激すぎる展開……」
須玖マネージャー「あのねぇ、瑠雨図さん。あなたがうちに転籍してきて3か月だけど、ちょっと仕事できなすぎだし、他の部署からもクレームが来てるし、このままだとマジクビ」
瑠雨図さん「そ、そんな……」
須玖マネージャー「でも私も鬼じゃないからすぐクビってわけじゃないの。あと3か月で業務態度が改善されなかったら、マジクビってことでよろしく」
そういうと須玖マネージャーは、颯爽とヒールを鳴らして会議室から出ていきました。あとに残された瑠雨図さんは、呆然とすることしかできなかったのです……。
ドブ板メディカルが合併されてはや半年、あっという間に組織変更がされ、瑠雨図さんもウンタラ・サイエンティフィックに転籍になりました。
オフィスも変わり、上司も変わり、ドブ板メディカルにいたほとんどの人は辞めていきました。瑠雨図さんも辞めようかと迷ったのですが……。
辞めても次の職がみつかるかわからないしなぁ……。
そう思って、流されるまま転籍したのはいいのですが……。
瑠雨図さん「はあ……」
と、瑠雨図さんは、会社の廊下で深いため息をつきました。
社風は合わないわ、上司はキツイわ、仕事はわけがわからないことばかり……。
ついに今日は「このままじゃクビ宣告」を受けてしまいました。
瑠雨図さん「全然仕事あってないし……このままクビになった方がいっそ楽かも……」
へへへ……と瑠雨図さんが薄笑いを浮かべていたその時でした。 会社の廊下の突き当りに、見覚えのないガラスのドアがありました。
瑠雨図さん「あれ? こんなところにドアなんてあったっけ?」
と向こう側をのぞこうとしましたが、中がのぞけないようにドア全体にスモークシートが貼られていて、よく見えません。
瑠雨図さん「工事とかしたのかな……?」
と瑠雨図さんがドアに手をかけると鍵はかかっておらず、きぃっという音がしてドアが開きました。
瑠雨図さん「えっ…!?」
???「あれ!?」
ドアに向こうにいたのは……。
瑠雨図さん「ず、ずんずん先生~!?」
ずんずん先生「瑠雨図さん!? おひさしぶりー!?」
ドアの向こうは個室のオフィスになっており、そこにはスーツを着たずんずん先生がいたのです。
ずんずん先生とは……、
ずんずん先生「社会人がかかるという謎の奇病、社会人病を専門とするメンヘラ産業医で、メンヘラという言葉狩りが厳しい昨今、ちょっと困ってるわ」
瑠雨図さん「ずんずん先生? 誰に説明しているんですか?」
そう、ずんずん先生は社会人がかかるという謎の奇病、社会人病を専門とするメンヘラ産業医でして、ちょっと前までドブ板メディカルに常駐していたのです。
瑠雨図さん「どうしたんですか? ずんずん先生も転籍になったんですか?」
ずんずん先生「転籍? 馬鹿いってるんじゃないわ。ヘッドハントよ」
瑠雨図さん「ヘッドハント?」
ずんずん先生「そうよ。私みたいな超絶優秀な人材、もう企業様の方から頭をさげて、うちで働いてください!とお声がかかるわけよ」
瑠雨図さん「ええ~! すごーい!! ってなんかちょっとイラっとするような……」
ずんずん先生「それで、どうしたの? 瑠雨図さん」
瑠雨図さん「実は……」
ふぅ~と深く瑠雨図さんはため息をつきました。
瑠雨図さん「この会社って前の会社よりも超大手でビルも超イケてるじゃないですか。辞めても次がみつかるかわからないし……とりあえず転籍してみたんですけど、みんな仕事が出来すぎてて……それに比べて私ときたら……」
ずんずん先生「上司にこのままじゃクビとでも言われたわけね」
瑠雨図さん「ぎくっ! よくわかりましたね!」
瑠雨図さんはうろたえながらも続けました。
瑠雨図さん「そうなんですよ。マネージャーに3か月で業務態度が改善されなきゃクビって言われたんですけど……一体どうしたらいいんでしょう……」
ずんずん先生「辞めちゃえばいいじゃない」
瑠雨図さん「……そんな……私、ずんずん先生みたいに超絶優秀な人材じゃないですし、クビになったら困るっていうか、いざとなったら実家に頼ればいいんですが……」
ずんずん先生「チェストー!!!!」
瑠雨図さん「ぐばぼ!?」
スパーンとずんずん先生のハリセンが瑠雨図さんの頭にヒットしました。
瑠雨図さん「このずしりと重いハリセン……さすがはずんずん先生の切れ味……」
ずんずん先生「ハリセンなのに切れ味とはこれはいかに? 瑠雨図さん、あなたがどう生きようと勝手だけど、悔しくないの!?」
瑠雨図さん「くや……しい……?」
ずんずん先生「デキナイ奴だってレッテルを貼られて、逃げるように会社を辞めるのよ! それでいいの!?」
瑠雨図さん「よく……ないです……」
瑠雨図さんはぎゅっと手を握りしめました。
自分では一生懸命やってるつもりなのに空回り。 同僚の冷たい視線、上司の馬鹿にしたような声、 違う部署からの怒鳴り声……。
この場所から逃げ出したいのも確かです。 それでも……。
瑠雨図さん「……私、仕事なんてどうでもいいんです。本当はセレブ結婚して専業主婦とかしたいんです。でもそんなの無理だってわかってます。だからといって仕事に振り切れるわけじゃない……クビって言われて安心している自分がいるのも確かです……」
瑠雨図さんは思わず、目頭に浮かんだ涙を拭いました。そしてキリリとした目で言いました。
瑠雨図さん「私……本当は見返したいんです! 空前絶後の圧倒的人材になって引き抜きにあいまくって、辞めないでくれって引き留めにあって、鼻で笑って辞めたいですー!!!!」
ずんずん先生「お、大きく出たわね……」
瑠雨図さん「でもどうしたらいいかわかりません~!」
そう言いながら、わーんわんわんと瑠雨図さんは泣き出しました。ずんずん先生はそれを聞いて、ふむっと顎をなでました。
ずんずん先生「瑠雨図さん、あなた組織で生きていくために必要なものって、なんだかわかってる?」
瑠雨図さん「え?」
ずんずん先生「政治力よ」
瑠雨図さん「政治力?」
瑠雨図さんはきょとんとしました。
ずんずん先生「瑠雨図さん、あなたには圧倒的に社内政治力が足りないわ。だから上司のあたりはキツイし、同僚は冷たくて、みんなひどーい! 何もおしえてくれなーい!って子供みたいに泣いてるのよ」
瑠雨図さん「ひ、ひどい……まあその通りなんですけど……」
ずんずん先生「会社で生きていくために必要なのは、社内政治力よ。社内政治力とはつまり、忖度するコミュ力!」
瑠雨図さん「忖度するコミュ力!? 先生! 忖度ってなんですか?」
ずんずん先生「ええい! ggrks! 相手の気持ちを推し量りながらコミュケーションする力よ! それがなくしては、社内で生き残る術はないの」
瑠雨図さん「えぇ~……私、結構コミュ力高めだと思ったんだけど……」
へなへな~と瑠雨図さんは座り込みました。
そんな瑠雨図さんを見て、ずんずん先生は咳払いをしました。
ずんずん先生「安心して。私はヘッドハントと同時に『CSO』、つまりは『チーフ社内政治オフィサー』に就任したのよ」
瑠雨図さん「チーフ社内政治オフィサー!?」
ずんずん先生「さあ、これがあなたの現状に対する戦略(ストラテジー)よ」
そう言って、ずんずん先生はすっと瑠雨図さんにレポートを差し出したのでした。
瑠雨図さん「処方箋じゃなくなったのはちょっと寂しいような……」
そう言いながら瑠雨図さんは、渡されたレポートを読み始めたのでした。
<次回、瑠雨図さんがクビを回避する方法とは? 1月13日(土)公開予定>