♦人妻たちの復讐は執念深い
「執念」という言葉がある。
大辞林第三版によれば「深く思い込んで、あきらめたり忘れたりしない心」のことだ。いい意味に使うこともあるが、これが「執念深い」となると、悪い意味で使われるほうが多いのではないだろうか。同じ辞書に、「執念深い」は「思いこむ程度がきわめて深く、いつまでも忘れない。しつこい」とある。
妻たちの復讐劇を聞いていると、この「執念深い」という言葉が何度も浮かんでしまう。よくそこまで執念深くがんばれるものだとさえ思う。それをもっとも強く感じたのは、これから紹介するサエコさん(43歳)だ。
【 夫の浮気相手と同じ職場に就職、復讐を企てる 】
結婚して15年、13歳の女の子と10歳の男の子がいる。彼女の夫が浮気をしたのは、息子の友だちのお母さんだ。
「息子は地元のサッカーチームに入っているのですが、夫もサッカー好きなため週末の練習や試合にはいつも行っていました。そのうち、チームの子のお母さんと仲よくなったみたいですね。私も顔は知っていましたが、それほど親しく話したこともなかった人です。ある日、たまたまサッカー場の近くを通ったので、そろそろ練習が終わるかなと覗きに行ったんです。夫の車があったので近くまで行ったら、夫とその女性が車の中で激しくキスしていて……。ショックでした」
あわてたサエコさんは、そのままひとりで帰宅した。息子をともなって帰ってきた夫は、何食わぬ顔で、その日、息子が練習試合でどれだけ活躍したかを話す。だが、彼女の耳に話の内容は入ってこなかった。
「この人が、こんなふうにしれっと嘘をつける人だったのだということがショックだったんですよね。同時に、あれだけのキスをするということは、キスだけの関係ではないだろう、と。私はそれほど恋愛してきたわけじゃありませんが、そのくらいはカンでわかりました」
翌週、夫が仕事で息子に同行できず、息子はひとりでサッカーの練習に向かった。サエコさんはこっそり練習場に行き、顔見知りのママ友に、例の彼女のことを聞いてみた。
「彼女がいたので、『あの人、誰だっけ』と素知らぬ顔をして聞いて名前や住んでいる場所などを教えてもらいました。ご主人は一流企業に勤めているとか、上の息子は有名私立中学に行っているとか、彼女自身もパートで働いているとか、いろいろ情報をもらったんですが、ママ友のひとりが『そういえば、ミドリさんがあなたのご主人を見るときの目つき、けっこう危ない感じよ。気をつけて』と冗談交じりに言ったんですよ。みんな気づいてるんだ、と焦りました」
女と同じパート先に就職し接近、復讐を開始
あの女、ミドリが夫を誘惑している。サエコさんはそう感じたという。阻止するためにはどうしたらいいか。サエコさんは、ミドリさんがパートをしている会社を探りあて、パートの面接を受けた。
「それまでパートで働いていた会社は時給もよかったし、長くいたので仕事もしやすかったんですが、そんなことは言っていられない。とにかくミドリに近づかなければという一心でした」
ミドリさんのほうは、サエコさんが自分の関係している男の妻だと知っていたのだろうか。
「私はほとんどサッカーには顔を出さなかったし、ミドリの息子とうちの子は、学校が違うんですよ。それに私はよくある名字だし、他の人から聞かない限り、わからないんじゃないでしょうか」
パートとして雇われるようになったのは食品関係の工場。仕事に慣れてきた頃、サエコさんは各人のロッカーの下に置いてあるミドリさんの靴に死んだゴキブリを仕込んだ。昼休みにこっそりやったのだ。
「私だって気持ち悪かったですよ。でもうちの『ごきぶりホイホイ』にひっかかっていたのを泣く泣くはがして持っていったんです。帰り際、制服から私服に着替えて靴を履こうとしたとき、ぎゃーっというミドリの悲鳴が聞こえました。私以上にゴキブリが苦手だったみたいですね。そのあともしばらく泣いていました。『偶然、入っちゃったんじゃないの』と慰めている人もいたけど、『靴がよっぽど臭くてゴキブリが死んだのかもね』と小声で言って笑っている人たちもいて、彼女が必ずしも職場で好かれているわけじゃないんだと確信しました。どうやら上司にも色目を使うタイプみたい。そんな女にひっかかっている夫のことも情けないと思いましたが」
その後、うっかり鍵をかけ忘れたミドリさんのロッカーを開け、私服をずたずたにハサミで切り裂いたこともある。ミドリさんは呆然としたあと、泣き崩れていたという。「イヤな女でしょ、私。でもね、どうしても許せなかったんですよ、彼女が夫と関係を続けていることが」
気持ちはわかるが、サエコさんの“執念深さ”には、やはり怖さを感じてしまう。
しかも、この時点で、サエコさんは夫に「気づいているよ」というサインは送っていないのだ。妻を裏切っているのは夫である。「あんな女と関係をもっているなんて」と怒ったほうが正直だと思うのだが……。
「夫と険悪な雰囲気になるのがイヤなんですよね。子どもたちにもよくないし。だからまずはミドリ征伐が先だと思っていたんです。ただ、私がミドリと同じ会社で働き始めたとき、夫にそのことをちらっと言ったことはあります。『あなた、知ってるでしょ。〇〇ミドリさん』と言ったら、夫は顔が固まって『えっと、誰だっけ、それ』って。ほら、サッカーのと言ったら、白々しく『ああ、何度か話したことがあるかも』だって。私はそのときにはすでに、夫のスマホで確認して、ふたりの関係の証拠を押さえていたのに」
次にサエコさんは、「ミドリは浮気性」「子どもの友だちの父親を色目を使って誘惑した」などの文書を作って職場のあちこちに置いた。もちろんロッカーにも。相手が自分の夫なのだから、暴露するのは諸刃の剣だという気がするが、やはりミドリさんに致命傷を与えたいという気持ちが強かったのだろう。
それにしても妻たちは意外と文書やチラシを作るものだ。
「相手の非道を広く知ってもらいたいという欲求がわくんですよね。私が悪いんじゃない、あの女が悪いんだと」
さすがに堪えたのか、ミドリさんはパートを辞めていった。その後、サエコさんは、サッカーの練習に行き、隙を見てこっそりミドリさんの息子に封筒を渡した。中に入れたのはサエコさんが作った中傷文書だ。
「お父さんに見せてねって言いました。お母さんじゃなくてお父さんねって」
同じものを夫にも渡した。
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