洞窟ばか

洞窟探検をしていれば“危機一髪ばなし”にはこと欠かない

落石はもちろん、先細りになった狭い隙間に体が挟まって動けなくなったり、足が岩に挟まれて動けなくなったり、洞窟探検にアクシデントはつきものだ。そんなとき、パニックにならず危機を脱するためにはどうしているのだろう?

狭い下り坂の通路にスポッと体がはまり込んでしまった

「洞窟探検って何が楽しいんですか?」と同じぐらいよく聞かれるのが、「洞窟って危なくないんですか?」という質問だ。
「落ちてきた石に当たるんじゃないか」「岩と岩の隙間にはまって動けなくなるんじゃないか」「道に迷うんじゃないか」……洞窟に一度も入ったことがない人でも、そんなネガティブなイメージは湧くらしい。  
 その質問に正直かつ率直に答えるとすれば、「そうです。おっしゃる通り、洞窟は危険がいっぱいです」となる。落ちてきた石に当たることもあれば、狭い隙間にはさまって動けなくなることもある。  
 前章で話したように、帰り道がわからなくなり、焦ることもある。オレも仲間たちも時々骨折やケガをしている。

 洞窟探検をしていれば、アクシデントは日常茶飯事なのだ。

 例えば、岐阜県のとある未踏洞窟を1年かけて調査していたときのこと。  
 洞窟の奥のほうで、下方に延びる狭い通路の入口に出くわした。あたりはぬかるみでドロドロ。

 目の前の入口は、人ひとりが通れるかどうかの大きさしかなかった。
 とりあえず頭を突っ込んで見てみると、通路は下へ45度ぐらいの角度で傾斜しており、奥でさらに狭くなっているようだ。  
 その通路の先がどうなっているのかしばらく行けば広い空間に出るのか、それとも行き止まりなのかは、実際に行ってみなければわからない。
 そこで慎重に頭から入っていくことにした。

 オレは這うようにして、ゆっくり、ゆっくり進んでいった。が、しばらく行くと、下り坂かつ通路内が泥でぬかるんでいたため、オレの意志とは関係なく、体がズルズルズルッと滑り落ちはじめた。
「マズイ!」と思ったが、もはやどうすることもできない。
「このまま行けるところまで行って、もしこの先に広い空間があれば、そこで体の向きを変えようか……」

 元来が楽観的なオレはそう考えたが、事態は甘くはなかった。
 なんと、途中で体が狭い通路に完全にはまり込んでしまい、まったく動けなくなってしまったのだ。
 しかも、体が止まったところから奥をよく見ると、その先は行き止まりに……。

 通路は狭く、ほとんど身動きがとれないので、頭を下に突っ込んだままの体勢で45度の斜面をうしろ向きに這い上がらなければならない。
 1分ほどもがいてみたが、オレの体が置かれた状況に変化はまったくなかった。
「ヤバい! この状況はマジでヤバいぞ!!」  
 今度は本気でそう思った。
 まったく動けなくなったことがわかったとき、オレに襲いかかってきたのは恐怖だった。パニック状態に陥って過呼吸になれば、酸欠になりかねない。さらに、頭部を下にして長時間動かないでいると、低体温症や頭部の血圧上昇などで死に至る可能性もある。

 オレはとっさにキャップライトを消して、目を閉じた。
 まずは落ち着かなければならない。しばらくすると恐怖心が消え、自分が置かれた状況を冷静に観察できるようになってきた。
 体はほとんど動かせない。しかし、両手の手首と指だけはしっかりと動かせる。ならば、両手だけでこの窮地を脱出するしかない。

 指先をひとつにまとめて泥に突き刺し、左右の指を交互に伸ばすと、数センチぐらい体が動いた気がした。「よし!」自分の中に希望の灯がともった。さらに、体を多少でもくねらせれば、すこしだけ指の負担が軽くなることがわかった。
 指を泥に刺して伸ばす……刺して伸ばす……この単純作業を黙々と繰り返した。
 体の下は泥の斜面で滑りやすく、何度かズルッと体が下のほうへと戻ってしまうこともあった。そのたびに心は折れそうになるが、ぐっとこらえて、指を刺して伸ばす作業を繰り返した。

 やがて両足が通路の外に出て、脚、胴体、頭の順で何とか這い出すことに成功した。時計を見ると、動けなくなってから脱出するまでにだいたい30分ぐらいかかったようだが、体感的にはものすごく長い時間に感じられた。  
 窮地を脱したオレは、やっと一息つくことができた。よかった、よかった。

 洞窟探検では石がらみのトラブルも多い。  
 洞窟の奥深くには(洞窟探検家という希少な人種を除いて)基本的に人間などの大型の動物が入り込んでくることはないので、不安定な状態になっている岩や石は不安定なまま、長い年月放置されている。そんな石や岩に不用意に乗ったりすれば、仮にそれがベッドほどの巨大な岩だろうが、簡単に動いてしまうのだ。

 洞窟に入っているときには、石や岩には常に細心の注意を払っている。ただ、それでも落ちるときは落ちるもので、本書冒頭で話した中国・重慶市の石硝坑のときのように落石の直撃を受けたこともあるし、ニアミスに至っては数えられないほど遭遇してきた。

仲間の一人が岩に足をはさまれ身動きできなくなってしまった

 三重県の霧穴を探検しているときにはこんなこともあった。

 数人の仲間とベースキャンプでくつろいでいると、奥のほうから何やら人の叫び声が聞こえてきた。その声の主は、つい先ほど「ちょっとホールを見てきていいですか?」と一人で奥へと向かった若いメンバーのNくんであった。
 最初は何を叫んでいるのかわからなかったので、オレたちは「何か叫んでいるね」「何を言っているんだろうね」とのん気に話していた。
 あったかい寝袋から出て、冷たいつなぎを着て、靴をはいてヘルメットをかぶるのが面倒でもあったのだ。しかし、何回も何回も叫んでいるので、よ~く耳を澄ませると、「た~す~け~て~く~だ~さ~い~」と言っているようにも聞こえた(あまりにも空間が広いので、音が反響して何を言っているか、正確に聞き取ることは困難なのだ)。
 そこではじめて救助要請だとわかり、ひとまずオレが様子を見てくることになった。

 通路の先にあるデカいホールまで下りていくと、Nくんが立ちすくんでいた。
「どうした?」とオレが聞くと、「足が岩にはさまれて、動けなくなっちゃいました」と言う。
 見ると、たしかにNくんの足の上あたりにどデカい岩が載っていた。ただ、不幸中の幸いで、ケガをしたわけではないようで、普通に会話はできた。

 とりあえず腕力だけでは動きそうもなかったので、オレはベースキャンプのほうに向かって、大声で叫んだ。
「おーい! あ・し・が・は・さ・ま・れ・た~ バール・もっ・て・き・て!」
 何回か繰り返し叫んだのち、仲間の一人がやっとバールを持ってきてくれたのだが、かけつけた仲間はNくんが足をはさまれている岩に飛び降りてしまった。
 その瞬間、足をはさまれたNくんが「ギャァァー!!」と叫んだ。
 あまりの大声にこちらが圧倒されるぐらいの、マジな叫びだった。
 Nくんによれば、はさまれた状態では岩は足に当たらないのだが、岩が動くと足に当たって、足がちぎれるぐらいのハンパない痛みになるのだという。

 岩の隙間にバールの先端をぶち込み、「せ~の」でグイッと力を込める。するとNくんが「ギャァー!」と叫ぶ。
 バールで岩を持ち上げれば持ち上げるほど、岩との間で足が締め つけられてしまうのだ。

「どうする?」
 オレは、救助に来た仲間と相談した。
 岩を動かすことができなければ、Nくんを助けることはできない。しかし、無理に動かせば、Nくんの足は岩の重みで大ケガをするか、最悪の場合は足を切断することにもなりかねない。
 まさに究極の選択。

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洞窟ばか

吉田 勝次
扶桑社
2017-01-08

この連載について

初回を読む
洞窟ばか

吉田勝次

『クレイジージャーニー』『情熱大陸』などテレビで話題沸騰の洞窟探検家・吉田勝次。国内外で挑んできた洞窟は1000を超える。「なぜ洞窟か?」と聞かれれば、「そこに未知の世界があるから」。 17㎝の隙間があれば身体を押し込み、泥にまみれ、...もっと読む

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コメント

yoshinon 洞窟ばかに恥じないリスキーっぷり。読む分には面白い。 3年弱前 replyretweetfavorite

niina_noriko すごくおもしろいんだけど閉所恐怖症気味だから読み進められない 3年弱前 replyretweetfavorite

ebiskii この連載だいすき「苦しまないように頸動脈を押さえて気絶させる案もあったが」とかサラッと言わないでよwww 3年弱前 replyretweetfavorite