女性の皆さん、ガウチョ・パンツを持っていますか? 男性の皆さんは、ガウチョ・パンツってそもそも何か知っていますか? ガウチョ・パンツとは、南米の草原地帯で牧畜をしているガウチョ(カウボーイのこと)が着ている裾がひろがった七分丈のパンツのことです。世界の常識です。
すいません、ウソをつきました。つい最近まで、ぼくはガウチョ・パンツの存在そのものを知りませんでしたし、ましてや、そんな幅広のパンツを女の人たちが着ていることを意識したこともありません(いまネットで調べたら男の人もはいていることを知りました(汗))。おそらくスカートだと思っていたのでしょう。上の説明も、ネットで調べたにわか知識です。
五感を通じて感じる様々な情報を、人間は「解釈」しようとします。解釈とは、簡単に言えば、自分の立場に立って物事の意味を理解しようとする、ということです。したがって、同じ物事についても、田中さんと佐藤さんは違う理解をするかもしれません。ガウチョ・パンツがオシャレだと思う人がいれば、そう思わない人もいる、ということも解釈の違いの一例です。それ以前に、ぼくのようにパンツであることすら認識しない解釈もまたあるわけです。今回、考えるのは、解釈をめぐる不思議についてです。
ところで、もうひとつ告白させて下さい。ネットで「ガウチョ・パンツ」についての記事を見てから、しばらくの間、「ガチョウ・パンツ」だと、実は思っていたのです。「ガチョウ・パンツってあるじゃない」とか、授業で得意げに話していたら恥をかいていたところです。
なんでこんな勘違いをしたのか、言い訳をさせて下さい。人は、物事を解釈するときに、既に知っていることを使って、未知のものを解釈しようとします。「ガウチョ」ということばは、ぼくのボキャブラリーにはありませんでした。あったのはガチョウだったのです。ガウチョ・パンツの存在を知って、そのような幅広のパンツを着ている人を見かけても「ガチョウの黄色いくちばしに似ているからかな?」とか、無理矢理考えていたのです。つまり自分が知っているガチョウに関する知識を通じて、女性が身にまとっている謎のパンツについて解釈しようとしていたのです。
たんなる読み間違えとも言えそうですが、これは人間が物事を解釈する上で、ゲシュタルトというものが作用している典型的な例であると言えます。ゲシュタルトとは、全体は部分の総和以上のものであることを意味します。例えば、ドとミとソを同時に奏でると、美しい和音が聞こえます。この美しさは、3つの音に分解しても見いだせない総和以上の何かです。このようにゲシュタルトは、音なり文字なりさまざまな刺激に対して、人が解釈を与える上で作用しています。
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