神様、娘に言葉をさずけてください

【第40回】
なかなかしゃべれるようにならない幼い娘に、不安を抱く母。
悩みを相談できる相手もおらず、神社に参るようになる。
そこで出会った老人から、不思議な薬をすすめられ……。
小説すばる新人賞作家・行成薫が描く、先読み不能の「超能力」エンターテインメント!


 娘がしゃべらない。毎日不安で押しつぶされそうなのに、誰にも打ち明けることができなかった。精神的に追い詰められた希和が縋ったのは、神様だ。家の近くには、由緒正しい大きな神社があった。毎朝、娘を保育所に送り届ける前に、神社に参って、神様に願を掛けた。

 一か月ほど通っているうちに、一人の老人と出会った。人の好さそうな老人で、ほんの少し挨拶を交わしたのをきっかけに、会うと話をするようになった。娘とすら会話ができない希和にとって、人と話す、ということだけでも、救われた気持ちになったのだ。

 和歌の話を聞いた老人はある日、希和に透明な液体の入った小さなガラス瓶を差し出した。これは何かと尋ねると、「脳を活性化する薬」だと答えた。日本では認可のされていない薬だが、欧米では富裕層が使っている薬なのだという。もしかしたら、和歌の言語能力にいい影響があるかもしれない、と、老人は語った。

 親切そうな老人とはいえ、得体のしれない薬を娘に飲ませることには、さすがに抵抗があった。だが、もしかしたら効くかもしれない、という気持ちを、抑えることができなかった。

 希和は、もらった薬をまず自分で飲んでみた。味はほんのりと苦みを感じる程度で、確かに頭がすっきりとするような感覚があった。数日経っても何事も起こらないことを確認して、希和は、ついに薬を和歌に飲ませた。

 —ママ。

 効果が表れたのは、数週間が経ってからだった。それまで、一言も声を発しなかった和歌が、急に自分を呼んだのだ。生まれてから三年半。初めて聞いた和歌の声は、とても澄んでいて、心地よい音だった。希和は、夢中で娘を抱き寄せて、もう一回、もう一回呼んで、と繰り返した。その度に、和歌は、「ママ」と言った。貰った薬は、本当に奇跡の薬だったのだ。希和は涙が止まらなくなった。言葉を交わすことで、ようやく心が繫がって、真の親子になれたような気がしたのだ。

 だが、ほどなく、異変にも気がついた。

 和歌がしゃべっていても、口が全く動いていないのだ。

 和歌の声は、希和の耳からではなく、頭に直接響いていた。まさかとは思ったが、和歌の顔をじっと見る。やはり、口も、喉も動かない。だが、その声ははっきりと聞こえてくる。

 これは、テレパシーというものだろうか。

 薬の力か、和歌は超能力を手に入れたのだ。和歌は、今まで黙っていたのが噓であったかのように、テレパシーを使ってよくしゃべるようになった。周りからは不思議な光景に見えていただろう。親子の会話は、希和が一方的に話しているようにしか見えないからだ。

 四歳を過ぎると、和歌は徐々に声を使ってしゃべることもできるようになった。後から知ったことだが、稀に、言語を扱う能力に問題はなくとも、三、四歳になるまでしゃべらない子供がいるのだという。和歌は、声を出してしゃべることを「面倒なこと」だと思っていたのかもしれない。

 親としてはひと安心したが、二人だけでいるときは、和歌は相変わらずテレパシーを使った。どれだけ距離が離れていても、和歌が頭で考えるだけで声が届くのだから、考えようによっては便利で素晴らしい能力だ。同時に、あってはならない、恐ろしい力のようにも思えた。

 誰かに知られたら、きっと大きな騒ぎになる。普通にしゃべることができるようになった今、テレパシーはもう必要ない。近くにいるなら、ちゃんと声を出してしゃべればいい。遠くにいたって、電話を使えばいいだけの話だ。

 —テレパシーを使ってはダメ。

 希和が、和歌に何度も言い聞かせ、超能力を使わせないようにしようとしていた矢先、和歌は、何者かによって連れ去られてしまった。和歌が狙われる理由と言われたら、超能力くらいしか思い当たるところがない。

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