こんな田舎で人質事件!?

【第39回】
田舎の食堂で事件が!?
あやしい素振りをしていた男が、女子高生を人質に逃走をはかろうとしていた。
店は大混乱におちいって……。
小説すばる新人賞作家・行成薫が描く、先読み不能の「超能力」エンターテインメント!

 サトルが外に飛び出すと、信じがたい光景が広がっていた。

 普段は、人影すらまばらな駅前に、二十人ほどの人だかりができている。勢いに任せて外に飛び出してきてしまったが、人々の目が一斉にサトルに向くと、恐ろしさで体が動かなくなった。母親を突き飛ばされて、少なからず興奮していたが、心が一気に冷めた。お陰で、冷静に状況を把握することができるようになった。

 人だかりの中央には、先ほどまで三葉食堂で食事をしていた男が立っていた。左腕で若い女の子を一人抱え込み、鋭利な陶器の破片を首元につきつけながら、興奮した様子で周囲を威嚇(いかく)している。足元には、バラバラになった陶器の破片が転がっているのが見えた。見覚えのある柄。昔から三葉食堂で使っている、卓上調味料の器だ。

 取り囲んでいる人の中に、サトルは見知った顔を見つけた。周りより頭一つ大きな、サングラス姿の仙人のような老人。陶芸家の津田光庵だ。隣には、母親が「アッコさん」と呼ぶ中年女性が立っている。彼女も、昔からの常連だ。サトルのすぐ脇では、さっきまで店内にいた同じく常連の北島が女の子を抱え、必死で押さえている。女の子が半狂乱になって、菜々美! と叫ぶ声が何度も聞こえた。

 説得を試みようとしているのか、坊主頭の若者が一人、男に一歩近寄って、落ち着け、といったような声掛けをしていた。後ろでは、今村が、駆け付けた若い警官に状況を説明しているところだった。

 常連さんも多くいる中、間接的ではあるにせよ、三葉食堂が騒ぎの原因になっていることが心苦しかった。滅多に大きな事件が起こらない田舎町で、自分が事件の真ん中に立っているのだと思うと、震えがくるほど恐ろしい。逃げ出したい。食堂に戻って階段を駆け上がり、自分の部屋に閉じこもったまま、何もかもが解決するまで消えていたい。腹の底から湧き上がる感情に、抗うのが精いっぱいだ。

「離れろ! 離れろっつってんだよ!」

 男の怒鳴り声に、思わず顔を上げる。ちょうど正面に男の顔があって、がちん、と視線がぶつかった。あっと思う間もなく、男の思考がサトルの頭の中になだれ込んできて、ぐるぐると渦を巻く。

 後悔。恐怖。そして、心細さ。

 予想に反して、男は弱々しく、状況に恐怖していた。自分を囲む人の数におののき、どうしてこんなことになってしまったのかと嘆いている。感情を抑えるのが苦手なのか、どんどん興奮の度合いが強くなっている。頭はひどく混乱していて、今にも爆発してしまいそうだった。

「あ、あの、もうすぐ応援が来るそうです」

 振り返ると、今村がサトルの背後に立っていた。今村から事情を聞いた二人の警官が応援を要請している。じきに、サイレンを鳴らしながら、何台ものパトカーがやってくるだろう。

 それは、まずい。

「まずいです」

「まずい?」

「あの人、女の子に危害を加えようとは思ってないんです。でも、追い詰められて、自暴自棄になってしまったら、何をするかわからない」

 今村が、うん、と唸って、眉間にしわを寄せた。サトルの話をすべて理解できたわけではないだろうが、納得はしてくれたように見えた。

「ど、どうしましょう。警察、来ちゃいますよ」

「せめて、あの尖った破片を取り上げられたらいいんですけど」

 どうしよう、どうすればいい。男の気持ちを読み取ることはできるのに、その能力をうまく使って、交渉するような能力が、サトルにはない。なんて役立たずな、と、自分が情けなくなる。

「車持ってこい! 車だ!」

 男のわめく声が、どんどん大きくなる。周囲の人々の感情を巻き込んで、緊張がぱんぱんに膨れ上がっている。坊主頭の若者が、なおも懸命になだめようとしているが、あまり効果はない。警官が近寄り、若者に下がるよう注意する。警官の大きな声を聞いて、男がますますヒートアップする。

 その瞬間だった。

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