人生で一番おいしかった、あの味

【第38回】
彩子と菜々美。女子高生二人は彩子の田舎にやってきた。
「人生で一番おいしかった」と彩子が言うあるものを目指して駅前の食堂に向かうが、トラブルが発生!
小説すばる新人賞作家・行成薫が描く、先読み不能の「超能力」エンターテインメント!

 新幹線とローカル線を乗り継いで、三時間ほど。都心からさほど遠くないのに、車窓から見える景色は、のどか、の一言だ。彩子は流れていく景色を横目で見ながら、自作の英単語暗記カードに目を落としていた。

 彩子の母の実家のある田舎では、毎年、秋のお祭りがある。田舎町にしては大きなお祭りで、母や親戚を含め地元の人たちは、とにかくみんなで全力投球する。その全力っぷりがすごい。普段は閑散とした駅前なのに、お祭り前の晩からは、ものすごい数の出店がひしめき、通りが人で埋め尽くされる。神輿担ぎは荒々しすぎて毎度ケガ人が絶えないし、練りの掛け声や鳴り物が町のどこにいても聞こえる。あちこちで振る舞い酒が配られるので、昼から酒をしこたま飲んだ大人たちが、そこらじゅうにうずくまってゲーゲーやっている。もはや、神社とか神様など半ばどうでもよくて、酒を飲んで騒げるのが楽しくてしょうがないのだろう。子供には、まだ理解ができないオトナの世界だ。

「ねー、あとどれくらい?」

「もうちょいだよ」

「おしりがチョー痛いんだけど」

「電車で行こうって言ったの、菜々美じゃん」

 毎年、この時期は父親の運転する車で一家そろって母親の実家に向かう。だが、今年は違った。お祭りの話をしたところ、菜々美が食いついてきて、一緒に行くことになったのだ。夜は、彩子の親戚ともども母親の実家に泊まることになっている。他人の親戚の中に一人で飛び込むのは気まずくはないだろうかと思うのだが、菜々美はお構いなしだ。気にする様子さえない。

「だって、せっかく連休なのにさ、先輩、相手にしてくれないし」

「そりゃだって、受験生じゃん、来栖(くるす)先輩」

「でもさあ、付き合い始めて最初の連休だよ? せめて、お茶くらい行ってくれたっていいじゃん」

 彩子と菜々美がマネージャーを務めるサッカー部の三年生が引退したのは、つい先日のことだ。夏休みも、受験勉強をセーブして練習に励んでいたのだから、遅れた分を取り戻そうとみんな必死だ。先週から菜々美と付き合いだした来栖先輩も、連休の間は予備校の秋期講座で、遊んでいる暇などないらしい。

「お腹空いたね」

「そう、だね」

「そのさ、駅前の食堂、楽しみなんだけど」

「え、うん、そうね」

「朝ごはんも抜いたし、駅弁もしっかり我慢したし。もうお腹空きすぎて発狂しそう」

「いやでも、そこまでしなくてもさ」

「だって、彩子が人生で一番おいしかったって思う定食なんでしょ?」

 色恋を取り上げられた乙女の欲求が向かう先は、おいしいモノだ。けれど、目的地の駅周辺には、グルメと言えるようなものは何もない。名物はあるけれど、どこかで見たようなお饅頭の類で、味も普通だ。

 電車の中で、駅前には中華っぽい食堂しかない、と告げたところ、菜々美の落胆ぶりはすごかった。旅行の醍醐味はご当地グルメだ! と力説し、名物料理がないなんて、一体どんなクソ田舎なんだとバカにされる。別に、自分の生まれ育った場所でもないが、彩子は妙にカチンときた。そこで、駅前にある三葉食堂の「スタミナ肉炒め定食」は、人生で一番おいしかった定食だ、と言い返してしまったのだ。

 定食屋なんてオッサン臭くて嫌だ、などと笑われるかと思ったのに、菜々美のツボはよくわからない。猛烈に食いついた菜々美は、絶対に食べたい、と言い出し、初日のランチという大事なポジションに三葉食堂を指名したのだった。

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