外国で育った親、日本しか知らない子
広島に赴任する直前、私はNHKBS1で放送していた「ジェネレーションY 地球未来図」という番組を制作していた。
日本で暮らす外国人が日本の課題を議論する討論番組で、その中で私は「移民受け入れ」を取り上げたことがあった。
日本が今の労働力を確保するためには2050年までに3300万人の移民を受け入れなければならないという国連の調査結果が発表されたのを受けてのことだった。討論番組だったのでどこか現場を取材したわけではないが、「文化の違い」「言葉の壁」「社会保障の盲点」「日本に来て生まれた子ども」など課題が山積していることだけは知っていた。
だからかもしれない。
最初に基町小学校を訪ね「外国にルーツを持つ児童が4割いる」と聞いた時、この地域を見つめると将来の日本の課題が見えてくるかもしれないと感じていた。
中本さんの家には、課題が現実のものとなり問題が表面化してしまった子どもたちが通っていた。ほとんどの場合、親との間に深い溝ができていた。子どもは日本で育つため当然のことながら日本語が主流になり、日本の風習が主流になっていくが、親は日本語を上手に話せないままという家庭は意外と多かった。
日本で暮らす同じ国出身の者でコミュニティができあがり、日本語を使わなくてもあまり困らずに生きていける傾向が見られた。そんな状態では親子の間で会話が少なくなり、そのズレが、虐待を生んでいた。
タケシの母親は中国残留日本人の呼び寄せ家族として16歳の時、日本にやって来た。父親は日本人だったが病弱で、タケシが小学校6年生の時に亡くなった。タケシの母親は夜間の日本語教室に通ったものの、国が定めた期間では十分には習得できず、結果、近くに住む中国人と過ごすことが多くなったという。
タケシとの間にも会話は少なく、小学校に上がると、すれ違いから暴力が出るようになった。タケシは金属バットで頭を殴られ血を流したこともあるという。小学校4年生の時、怒鳴り声を聞いていた近隣の住民から「あまりにもひどい」と小学校に通報があり、心配した校長先生がタケシに中本さんのことを教え、通うようになった。
タケシは、学校が終わると中本さんの家に直行し、ご飯を食べるのが毎日の習慣になった。どんどん大食いになり、丼で3杯もおかわりしてやっと箸が止まる。
しばらくすると、ベランダに出て行く。
中本さんの家のベランダから自分の家が見えるのだ。窓の奥に人影が動くのがやっとわかる程度の距離で、いつまでも様子を窺っていた。 そんなある日、いつものようにベランダで外の様子を眺めていたタケシに声をかけてみた。
Q……「ベランダで、いつも何を確認してるの?」
タケシ「いつも、誰かおるかなぁって。ベランダに来るときは」
Q……「誰か帰って来たら、帰るん?」
タケシ「家帰ってもすることないけ。家帰っても暇だから、おれるだけここにおって」
Q……「中本さん家は、どんな感じ?」
タケシ「どんな感じって言われたら……。良い感じ」
子どもたちのリアル
私は子どものところへ行き、取材したわけではない。
食虫植物のように、ひたすら中本さんの家で待ち、中本さんの家に来た子どもたちを取材した。中本さんと子どもたちとの会話の端々に、子どもの置かれた状況や心境は読み取れた。でもどこかで「現場を見なくては」という思いは抱いていた。
そんなある日、初めて見る顔の少年が、友人に連れられて中本さんの家にやって来た。
髪を茶色に染め、がたいがよく、目つきも鋭かった。おそらく初めて訪れる家で警戒していたのだろう。
しかし、中本さんがいつものようにジュースを出し、お菓子を出し、料理を出し、とやっていると「いいんすか?」「ほんとにいいんすか?」と目をぱちくりさせていた。
そして「めっちゃうまいっす」「ありがとうざいます」と、少々乱暴な敬語を使いながら美いお味しそうにご飯をかき込んでいた。そしてボソッと中本さんに「自分、弟が2人いるんですけど、そいつらも食えてないんですよ。今度連れて来ていいっすか?」と言った。
名前を聞いて驚いたのだが、取材していた非行少年たちの間でもよく話に出ていた有名な3兄弟の長男だった。
その翌日には、さっそく弟2人を連れて来た。中学生の弟も、小学生の弟も髪を染めて、 何日着ているかわからない服をまとい無表情で入って来た。
根掘り葉掘り聞かない中本さんは「お名前は?」「〇〇は知ってるか?」くらいを聞くだけで、あとはこの兄弟がお腹いっぱいになるまで「おかわりは?」と繰り返し尋ねていた。
そして実際におかわりを求めると「エラかった!エラかった!」と褒めながら、立ったり座ったり部屋の中を動き回っていた。
3兄弟は、頻繁に中本さんの家に来るようになった。兄弟で来ることもあったが、慣れてくると別々に来ることも多くなった。
中本さんが留守のときは、私に連絡が来ることもあり、そんなときは、安いレストランに連れて行き一緒にご飯を食べた。
だいぶ馴な染じんできた頃、私は思い切って「普段、どんなところで寝ているか教えてほしい」と長男にお願いしてみると、「いいっすよ」と引き受けてくれた。
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