今から本当のことを言います。心の準備はよろしいですか。
ジャンボ機墜落から奇跡的に生還した会見を開いた後に、飛山社長と初めてお会いしたと話しましたが、本当はそれ以前からお会いしています。映画のオーディションでした。そのときは不合格でしたが、控室に呼ばれました。
「きみはいい目をしている。この暗い時代にひときわ暗い目をしている。大衆はきみの目にいまの時代の空気を感じ取るだろう。そういうのが大事なんだ」
飛山社長とはたまにお会いして食事をご一緒するようになりました。高校を途中で辞めて、居酒屋のバイトで食い繋いでいる名もない小娘にとって、映画会社の社長さんと「ご飯を食べる仲」というのは、どれだけ励みになったか。
良知クミという芸名を考えたのも、本当は私ではなく社長です。
「この名前はね、ボクが大変お世話になっているお方が付けて下さったんだ。きみの写真を何枚か見てもらって考えて頂いた。次の総理大臣を選ぶときも、〝この方のお許しを頂かなければならない〟というぐらいエライ方なんだ。ボクが今日この地位にあるのも、全部そのお方のおかげだ。その方に『将来の飛山映画を、いや、日本映画を背負って立つ大女優の名前を』とお願いしたら、快く引き受けて頂いた。良知クミ。いい名前だろう。売れることを約束されたようなものだ。
ここまで来たら、次はどうやってきみを売り出すかだな。数千人のオーディションから選ばれたなどという手垢の付いたやり方はもう古い。どうせなら日本中が注目するイベントを起こして、そこで華々しく、首根っ子を摑まれるかのごとく、人々の目に触れるようにしたい」
社長の目が変わりました。人を殺したことがあるような、目的のためなら手段を選ばない人間の目がそこにありました。
「いまから話すことを、天国まで持っていけるかな」
見えない空気の塊に押されて、私は頷くこともできませんでした。
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