飛山社長はニューヨークとパリに飛山映画専門の劇場を作りましたが、お客の入りは
「みんなボクに嫉妬しているんだよ。悔しいのさ。自分は大した努力もしないくせに、人が成功するのは気に食わないらしい。どいつもこいつもボクの足を引っ張ろうとしやがって。電波もネットも大衆も、ひとのことをどうぞどうぞって二階に上げておきながら、掛けたハシゴを外す奴らなのさ。それでこちらが文句を言えば、『今度は自力で三階に上がってみろ』と言う。そういう最低な人種さ。
まあ見てなよ。来年、製作費百億円をつぎ込んだ『天と地と神と』って超大作のメガホンをボクが取るから。世界はあっと驚くことになるよ」
そして結果は、確かにある意味、社長の言った通りになりました。
ベストセラーを映画化してヒットを飛ばし、映画のヒットにより本がまた飛ぶように売れる——。理想的なサイクルがいつしか壊れていきました。
「あー、金がありすぎてもう見たくない。洟をかみたかったら諭吉をお使い。尻を拭いても構わない。いっそアフリカの小国でも買っちゃおうか。ルワンダあたりがお手頃じゃないかな」
そうした大法螺を吹けるほどの巨利を得てきたはずなのに、飛山社長の放漫経営のせいで会社が傾き出しているという噂が、私の耳にも飛び込んでくるようになりました。
映画の宣伝のためならと、新築の自社ビルを爆破したり、劇場の舞台から総額十億円の紙吹雪を演出したりするものの予想していたほど効果もなく、内部の不満を募らせるばかりで、すべてが裏目に出ました。
私と同じように飛山社長にデビューさせてもらい、スターになった人たちまで、次々と彼のもとを去っていきましたが、社長は引き止めませんでした。
「去る者は追わず。いい大掃除ができたよ」
口ではそう強がるものの、寂しそうな目をしていました。
状況は悪くなる一方ですが、誰も飛山社長を止めることなどできません。酒量は増え、私も毎晩のように連れ回されました。行きつけの銀座のクラブで、朝まで持論を展開していたときのことです。私が恐れていた「最悪のシナリオ」を、社長は口にしたのです。
「クミ、出版社は自社の株を上場しない。ということは、会社がどんなに大きくなろうと、株主の言うことを聞かなくてもいいというわけだ。つくづく出版社の社長で良かったと思うよ。好きなものだけ作り続ければいいのだから。
『世間のニーズを読め』『綿密なリサーチをしろ』と言う輩がいるが、そんなものは自分でも何が作りたいのか、何が欲しいのかわからないバカの
ボクは出版界と映画界のビートルズになる。ツェッペリンにも、ピストルズにも、ニルヴァーナにもなってみせる。あ、そうだ。いま言ったバンドをみんな再結成させちゃおうかな。ボクの全面プロデュースで」
この頃になると、私も社長の考えについていけなくなっていました。女優になればいいのにと思うほど綺麗なホステスだけが、辛抱強く彼の戯言に相槌を打っていました。
「今に見てろよ。このままじゃ終わらんからな。起死回生の一手がボクにはあるんだ」
社長の口角にネバネバした
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。