一週間後、飛山社長は自社の版元、飛山出版から『TOBI』緊急増刊号を出しました。表紙は会見の私の写真に、「良知クミの時代が来る!」とタイトルキャッチを打ちました。以前から『TOBI』は不定期で刊行されて、その度物議を醸す内容でしたが、その号は全国から注文が相次ぎ、十五万部が完売した。飛山出版が買い取ったテレビとラジオ番組のCMで本人自ら出て売り込みをしていました。
社長は今でいうところのソーシャルメディアの使い方をとてもよく熟知していました。センセーショナルな売り方や話題作りは当時から批判の的でしたが、私を主役に抜擢した映画『私というベクトル』の製作を発表した直後、右翼の街宣車に囲まれても一歩も引かないなど、非常に腹が据わっている方でした。
しかし、突然有名になった私は、プレッシャーに押し潰されそうな日々が続きました。両親が通り魔に襲われたり、実家に銃弾入りの脅迫状が送りつけられたりしたときも、「どうせあの女が自分で仕込んだことに違いない」と、いわれのない誹謗中傷に凹みました。そんなときも、自らを「名言製造機」と呼んでいた社長にどれだけ励まされたかわかりません。
「クミ、騒がれているうちが花なんだ。〝あの人はいま〟にさえ挙がらなくなったら終わりだぞ。大衆なんてね、田中角栄が逮捕されたときは日本が転覆するかのような大騒ぎをしても、時が流れて、日本の総理大臣でいちばん偉大だったのは誰か? なんてアンケートを取ったら、ケロッと忘れて一位に挙げる。かつては『角栄御用!』『日本の恥!』と罵っていた奴らが同じ口で『角さんは立派な政治家でした』ってしみじみ語るんだ。まったく愚民って始末に負えないよ。
こんな言葉を知っているかな。『死んだ女よりもっと哀れなのは、忘れられた女です』。逆を言えば、いつまでも人々の記憶に刻まれる女は幸福だということだ。永遠の命を得ることができるからね。憎しみは時間が経てば愛に変わる。クミ、未来が見えるボクは、きみに約束をしよう。きみは百年先もずっと、幸せな女でいられるよ」
私の目からこらえきれずに涙が溢れてきました。いいえ、そのときは演技ではありません。毀誉褒貶が激しく、変人扱いされた方でしたが、まごころに触れた気がして嬉しかったのだと思います。たぶん、きっと。
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