すべてのジャンルにおいて〝売れる〟とは、大きく誤解されること

御巣鷹山の悲劇は空前絶後ではなかった。史上最悪の航空機事故は仕組まれたのか。幾人もの事故関係者と遺族、生存者の証言から浮かび上がる謎の数々。刊行自体が「アクシデント」な劇薬小説。山島久美子の証言、第一回です。
『タモリ論』で「いいとも」終了を予見した樋口毅宏さんが、満を持して放つ巨篇『アクシデントリポート』を特別掲載いたします。

「私のほうから、退院と同時に
 記者会見を開いてもらうよう、お願いしました」

山島久美子(16)の証言

 あの突然の事故により、みなさん、人生が一変されたでしょうが、私ほど目まぐるしく変わった人は他にいないでしょう。あれから十九年が経過したわけですが、思いがけない夢から覚めずにまだ続いているような気がします。

 五年前からこちらで暮らしています。むかし映画の海外ロケで訪れたことがあって、まさかそのときは、ここに住むことになるとは考えてもみませんでした。

 ヴァポレットかゴンドラにはもう乗られました? 優雅な感じがとてもいいでしょう。この季節はちょうどいいんですよ。水の都と呼ばれるだけあって、今だと川面もキラキラと輝いて絵に描いたように美しいけど、夏になるとえた臭いが酷く、鼻をずっとつまんでいなければならなくなりますから。

 海外とは思えないほど治安がいいため、夜になってもお店が開いていて、身軽な恰好で出歩くことができます。ここなら私だと気付く人もいませんし、とてもリラックスした毎日を過ごせています。

 でもときどき日本から来た観光客に「女優のりようクミさんですか?」って声をかけられます。ニコッと笑って、「あんなに綺麗な人じゃないですよ」と返すことにしています。


 ここに移り住んだ今も、七月二十六日が近付いてくると、粛然というか、厳かな気持ちになります。私はあの日、一度死にました。自衛隊員に抱きかかえられてヘリコプターで救出される映像は、あの夏すべての日本人がテレビや新聞を通して目撃しました。これはすでにあちこちのメディアで語ってきたことですが、墜落現場を上空から俯瞰したあの瞬間、私の死生観ができたのだと思います。

 —人はいつ死んでしまうかわからない。ならば生きているうちに、自分のやりたいことをやらなければいけない。

 入院先に届けられた膨大な数の励ましの花束と手紙は、どれも私を心から勇気づけてくれるものでした。私はおひとりおひとりにお礼の返事を差し上げたかった。「これから私がやらなければいけないことを、どうか温かい目で見守ってやって下さい」と書いてお伝えしたかった。

 事故に遭う前からいくつかのオーディションを受けていましたが、せいぜい二次止まりでした。そもそもあの飛行機に乗ったのも、大阪ローカルのドラマのオーディションを受けて、その帰りでした。それがこんな運命に巻き込まれてしまった。弱小プロダクションの片隅で、なんとか自分の居場所を探している小娘が、目には見えない何者かの手によって、一夜明けると悲劇のシンデレラに選ばれていた。連日、病院に忍び込んでは、私のことを隠し撮りしようとする写真週刊誌のカメラマンから、必死になって匿って下さるお医者様や看護師さんたちに、本当はこう言いたかった。

「ベッドまであの人たちを呼んできて下さい。あなたたちの望む奇跡のヒロインを私は演じてみせます。どんなパジャマに着替えましょうか。子供っぽく見えるもののほうがいいですか。背伸びをした感じのほうがいいですか。少し小さめで、身体を捩るとおへそが見えるのなんてどうでしょう」

 ですから私のほうから、退院と同時に記者会見を開いてもらうよう、お願いしました。

 これだけ大変な目に遭ったのだ。利用すべきところは思い切り利用させてもらう。チャンスは、いま手のひらに置かれ、私はただ握り締めればいいのだ。そう自分に言い聞かせて、あの場に現れました。飾り気のない水色のワンピースを着たのは、私という素材を引き立てようという狙いからでした。人生で初めて、まばゆいほどのフラッシュに囲まれたあの日が、私の第二誕生日です。

「私の夢は女優になることです。この場をお借りして、私を売り込ませて頂きます。ご批判の声があろうことはわかっています。だけど私は自分の夢を、このまま墜落させるわけにはいかないのです。きょうを以て本名の山島久美子から、自分で考えた芸名である良知クミに生まれ変わります。みなさん、どうぞ応援をお願いします」

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アクシデント・リポート

樋口毅宏

御巣鷹山の悲劇は空前絶後ではなかった。史上最悪の航空機事故は仕組まれたのか。幾人もの事故関係者と遺族、生存者の証言から浮かび上がる謎の数々。刊行自体が「アクシデント」な劇薬小説。 『タモリ論』で「いいとも」終了を予見した樋口毅宏さん...もっと読む

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