久坂部 羊
ラーメンを吹き覚ますときに起こりやすい脳の病気って?
理屈っぽい人は「左脳人間」、直感力が強いと「右脳人間」なんて言説がまことしやかに語られることがありますが、それは日本人ならではの単なる〝流行〟。そもそもの「右脳」「左脳」の役割を知るために、昔はきわどい人体実験に近い研究が行われたこともありました。医療小説の奇才、久坂部センセイが脳の働きに迫ります! さて、ひとくちに〝脳卒中〟とはいうけれど、脳卒中にはさまざまな病気も含まれるようで……。
「右脳・左脳論」の日本的流行
人体実験に近い医療といえば、アメリカの神経心理学者、ロジャー・W・スペリー(1913~1994)の「分離脳研究」も、かなりきわどく見えます。これは左右の大脳半球をつなぐ「脳梁」という神経の束を切断した患者を、被験者にした実験だからです。
脳梁の切断は、重症のてんかんの治療として行われました。てんかん発作は、異常な信号が脳梁を伝って脳内を駆け巡るために起こるので、これを切断する手術法が考案されたのです。
脳梁を切ると、左右の大脳半球の連絡がなくなるので、「分離脳」とよばれる状態になります。分離脳の人は、一見、ふつうに生活していますが、スペリーはそこに重大な特徴が隠れていることに気づきました。分離脳の人は、左側の視野で見たものの名称が言えないのです。
左の視野に入った信号は、脳の右半球に伝えられますが、分離脳の人はその情報を言語中枢のある左半球に伝えられないので、名称が言えません(失語症と同じ状態)。しかし、見えてはいるから、つかむことはできます。この実験を発展させることで、右脳と左脳は、それぞれ別の働きをしていることがわかってきました。
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この連載について
久坂部 羊
ようこそ、ミステリアスな医療の世界へ――。本講座では、モーツァルト、レクター博士、手塚治虫、ドストエフスキー、芥川龍之介、ゴッホ、デビットボウイなど、文学や映画、芸術を切り口に人体の不思議を紐解いてゆきます。脳ミソを喰われても痛くない...もっと読む
著者プロフィール
1955年大阪府生まれ。医師、作家。大阪大学医学部卒業。二十代で文芸同人誌「VIKING」に参加。外務省の医務官として九年間海外で勤務した後、高齢者を対象とした在宅訪問診療に従事。2003年『廃用身』で小説家デビュー。以後、現代の医療に問題提起する刺激的な作品を次々に発表。14年『悪医』で第三回日本医療小説大賞を受賞。主な小説に、『破裂』『無痛』『嗤う名医』『芥川症』『いつか、あなたも』『虚栄』『反社会品』『老乱』『テロリストの処方』『院長選挙』などがある。新書『大学病院のウラは墓場』『日本人の死に時』『医療幻想 思い込みが患者を殺す』『人間の死に方』など小説外の作品も手掛けている。