誰がクレーマーか、もしくはリーダーか。彼らを引き裂くことで戦意を喪失させるんだ。

御巣鷹山の悲劇は空前絶後ではなかった。史上最悪の航空機事故は仕組まれたのか。幾人もの事故関係者と遺族、生存者の証言から浮かび上がる謎の数々。刊行自体が「アクシデント」な劇薬小説。デビット・〝タロウ・ハヤセ〟・シェセの証言、前編です。
『タモリ論』で「いいとも」終了を予見した樋口毅宏さんが、満を持して放つ巨篇『アクシデントリポート』を特別掲載いたします。

「あの航空機事故が起きてすぐに大洋航空から依頼を受けた。
 私の任務は、遺族を一致団結させないことだった」

デビット・〝タロウ・ハヤセ〟・シェセ(25)の証言

 あんた、日本人か。それにしては英語が上手いな。Rの発音がいい。三十過ぎから? ネイティブじゃないのか。だったら俺も久しぶりに日本語を話そうかな。

 私はルックスこそオセアニア人だが、父親の仕事の関係でスイスに生まれ育った。おかげでフランス語、ドイツ語、イタリア語が喋れるようになった。今の仕事で、多種多様の人種と対応しても当たり負けしないのは、幼少時に欧米の文化圏で揉まれた経験があるからだろう。

 御存知のように、スイスは永世中立国と呼ばれている。日本で生まれ育った者が、私のことを「平和な国からの使者」と思い、親しげな口を利く—そう、脳みその足りない左翼が近付いてくる—が、スイスには兵役があることを知らないようだ。

 自らの責任を果たさないくせに、国家に過度に期待したり、権利を主張したりする人間は好きではない。特に、迷彩色の服をファッションにしているバカは戦地に送るべきだ。きっと私はこの国では好戦主義者のレッテルを貼られるな。

 私の国籍は今でもスイスだ。日本には高校のときに来た。それまで夏休みになると母親の実家に帰ってはいたが、実際に生活してみたら見事なまでに浮きまくったね。わかるだろ? 少しでもパターンからはみ出すと爪弾きにされた。それでも大学は上智に通って、三年のときにいったんスイスに戻って国民の義務を果たした。その後はUCLAに留学。風変わりなヤツが多くて安心した。同級生には後に有名になったヤツも多い。ほとんど憶えてないがね。

 その頃からディベートには自信があった。トップスピーカーから直接コーチを受けたこともある。今の仕事に役立っているよ。いいや、上には上がいてね、当時全米トップ3に入っていたひとりが今ホワイトハウスのスポークスマンを務めている。大統領補佐官だ。ヤツとはいいところまで争ったよ。

 私のキャリアはアメリカからスタートした。大手エージェントのセクションのひとつだった、全米医学協会の系列グループが手始めに新卒の私を雇った。

 手術が失敗して患者が死ぬと私の出番になる。病院で憔悴している遺族の元にそっと寄り添い、彼らの首を縦に振らせることが初めての仕事だった。

 先方は大切な家族を失ったばかりだ。怒りと悲しみの極限にあり、本来その人間にはないキャラクターまで引き出される。まずは相手の言い分を聞くこと。粘り強い説得を始めるのはその後だ。

「執刀医はベストを尽くしました。恨んだところでご主人は戻ってきません」

「弁護士を雇っても長期化するのは目に見えています。お勧めすることはできません」

「普段の生活を取り戻すことが先決です。天国の奥様もきっと喜ばれないでしょう」

 人種や身なりで言葉遣いを使い分けた。黒人には独特のコミュニティーやスラングがあるからジェントルな言葉で話さないほうがいい。逆に余所余所しさを感じさせてしまうから。メキシコ系やプエルトリカンといったヒスパニックは丁重な扱いをするほうが喜ぶ。アメリカには日本のように国民皆保険制度がない。大きな手術を受けられる時点で彼らは金持ちの部類に入る。アメリカで金を得た移民が次に欲しいものは白人と同等の扱いだ。

 大切なのは、ありったけの共感と同情を示すこと。私はあなたたちの味方ですよとアピールすることだ。ビジネスライクに進めても彼らは決して心を開かない。

 すべては神の思し召し。欧米文化で育つということは、キリスト教に塗れると同義語だ。「ジョニーは神に召された」と繰り返せば、案外相手は受け容れるものなんだ。これはキリスト教の文化圏で育たないと理解できないだろう。

 イエス様々だ。もちろん私も神を信じているよ。私の心の中にある神をね。

 マニュアルやテクニックももちろん大事だ。騒ぎ立てても得がないと諭さなければならない。アメリカは訴訟社会だと言うものの、弁護士を雇うのもひと苦労だ。時間をかけて今後裁判で闘うよりも、すぐに病院側と和解したほうが楽だと思わせるんだ。

「これ以上余計な苦しみを背負いたくないでしょう。早くこの苦痛から解放されたくないですか?」—最後は金目だろ。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes・note会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

この連載について

初回を読む
アクシデント・リポート

樋口毅宏

御巣鷹山の悲劇は空前絶後ではなかった。史上最悪の航空機事故は仕組まれたのか。幾人もの事故関係者と遺族、生存者の証言から浮かび上がる謎の数々。刊行自体が「アクシデント」な劇薬小説。 『タモリ論』で「いいとも」終了を予見した樋口毅宏さん...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

Tweetがありません